本丸広場から見た天守閣(2021年12月撮影)。1960年の復興天守で、2016年に耐震改修と外壁の全面塗装を終えた姿。
SuicasmoCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

神奈川県 · 小田原市

小田原城

おだわらじょう

Odawara Castle

神奈川県小田原市

城平山城日本100名城 21番

この城らしさ

豊臣秀吉を迎え撃つため、城下町ごと⁠全長9kmの堀と⁠土塁で囲んだ城。

なぜ?

戦国大名の北条氏は、1590年の豊臣秀吉との戦いに備えて、城と⁠城下町をまるごと⁠囲む全周約9kmの空堀と⁠土塁「総構(そうがまえ)⁠」⁠を築きました。これで城の規模は最大になり、公式サイトは日本最大の中世城郭と⁠説明しています。いまの天守がある本丸は江戸時代に石垣で造り直された姿ですが、町の中や⁠丘には総構の堀や⁠土塁がいまも残っています。[3][9][10]

見逃したくない3つ

01
本丸広場から見た天守閣(2021年12月撮影)。1960年の復興天守で、2016年に耐震改修と外壁の全面塗装を終えた姿。SuicasmoCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

1960年に復興した天守閣と⁠最上階の摩利支天

見る場所
本丸広場。中は展示施設で、最上階に展望デッキがある
注目する部分
3重4階の天守に付櫓・渡櫓をつないだ外観と、5階に再現された摩利支天像の安置空間
ここが面白い
いまの天守は1960年に、江戸時代の宝永年間の再建時に作られた模型(雛型)⁠や⁠設計図(引き図)⁠をもとに外観を江戸時代の姿と⁠して復興した鉄筋コンクリート⁠造です。2015年7月〜2016年4月⁠の「平成の大改修」で耐震補強と⁠展示の全面リニューアル⁠が行われ、江戸時代の天守最上階に武士の守り神・摩利支天がまつられていたことが模型の調査から分かったため、5階に小田原の木を使ってその空間の一部を再現しました。[1][2][4]
見られるか
外から見られる外観は無料で見られる。内部は有料(大人1,000円)⁠。
02
銅門の櫓門と、石垣で囲まれた枡形(2021年12月撮影)。1997年に本来の工法で復元された。SuicasmoCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

本来の工法で復元した銅門

見る場所
正面入口(馬出門)から馬屋曲輪を通り、住吉橋を渡った先。二の丸の表門
注目する部分
石垣で四角く囲んだ枡形(ますがた)と、櫓門の大扉の銅の飾り金具
ここが面白い
門の名は、大扉などの飾り金具に銅を使ったことから来ています。明治5年に解体されましたが、1983年からの発掘調査や⁠古写真・絵図を参考に、1997年に本来の工法で復元されました。正面入口から入ると、江戸時代と⁠同じ順路で天守へ向かえます。[5][7][11]
見られるか
一部見られる外観と⁠枡形は自由に見られる。門の内部は毎週土・日曜と⁠祝日の10:00〜15:00に特別公開。
03
小峯御鐘ノ台大堀切の東堀(2007年3月撮影)。北条氏が秀吉との戦いに備えて尾根を断ち切った巨大な空堀で、堀の底を歩ける。monadoCC BY-SA 2.5Wikimedia Commons

総構の小峯御鐘⁠ノ台大堀切

見る場所
城址公園の西の八幡山丘陵(小田原市城山3-30付近)⁠。本丸へ続く尾根を断ち切る場所
注目する部分
東堀の幅約20〜30m、深さ約12mの空堀と、50度と⁠いう急な斜面
ここが面白い
北条氏が秀吉との戦いに備えてつくった空堀で、東堀・中堀・西堀の3本が並びます。小田原市は東堀を空堀と⁠して全国でも最大規模と⁠説明しています。散策路と⁠して整備されていて堀の底を歩けます。2026年には西堀の市有地部分も7月5日から⁠歩けるようになりました。[9][10][12]
見られるか
外から見られる散策路から自由に見学できる。西堀は私有地に接しているので市有地以外に入らないこと。

訪問の目安

最寄り駅
小田原駅から徒歩約10分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
城址公園と⁠天守閣で1時間半〜2時間。小峯御鐘⁠ノ台大堀切まで歩くならさらに1時間ほど
料金
大人(高校生以上⁠)1,000円、小・中学生300円、未就学児無料。30人以上の団体は大人800円・小中学生240円。天守閣の券で常盤木門SAMURAI館にも入れる(2026年3月1日改定)
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城址公園は自由に歩ける。天守閣・SAMURAI館・NINJA館は有料。公園の入口は正面入口(馬出門・江戸時代の正式な登城ルート)⁠、学橋、北入口、南入口の4つ。総構の遺構は公園の外の市内各所にある。

確認日:

この城の物語

01
史実

箱根の手前、東海道をおさえる場所

小田原は箱根の山のふもとにあり、東海道が通る場所です。小田原城は、室町時代に西相模へ進出した大森氏が15世紀中ごろに築いた城が始まりと⁠考えられていますが、くわしいことは⁠分かっていません。江戸時代には、箱根の関所をひかえた関東の守りの要と⁠されました。[3][10]

02
史実

北条氏5代、約100年の本拠

1500年ごろ、伊勢宗瑞(北条早雲)⁠が小田原に進出しました。その後、北条氏は5代約100年⁠にわたって関東に勢力を広げ、小田原城はその中心と⁠して⁠広げられていきました。戦国時代の小田原城は、石垣ではなく土塁と⁠空堀・水堀で囲まれた城でした。[3][10]

03
史実

総構と⁠1590年の小田原合戦

豊臣秀吉が攻めてくるのに備え、北条氏は城下町まで⁠取りこむ全周約9kmの総構を築きました。1590年、秀吉は城を見下ろす石垣山⁠に⁠城(一夜城)⁠を築くなどして小田原を囲み、北条氏は降伏して滅びました。この戦いで戦国時代は終わりを迎えたと⁠公式サイトは説明しています。[3][9][10]

04
史実

江戸時代に石垣の城へ

北条氏が滅んだあと、徳川家康の家臣・大久保氏が城主になり、城は三の丸の内側に⁠小さくなりました。1632年に稲葉正勝が城主になると⁠大きな改修が行われ、主な曲輪に石垣が積まれて江戸時代の城へと⁠生まれ変わりました。その⁠後ふたたび大久保氏⁠が城主と⁠なり、幕末まで続きました。[3][10]

05
史実

廃城と⁠関東大震災

1870年に廃城と⁠なり、1872年までに天守・門・櫓など多くの建物が解体されました。1901年には二の丸に御用邸(皇室の別邸)⁠が建ちましたが、1923年の関東大震災で御用邸も石垣もほとんどくずれ、江戸時代の姿は失われました。いま城址公園で見る石垣の多くは、震災のあとに積み直したものです。[3][10]

06
史実

天守の復興と、門の復元

1934年に隅櫓が再建され、1960年5月、廃城から90年ぶりに天守閣が復興しました。市民から寄付をつのる「瓦一枚運動」も行われました。その後、1971年に常盤木門、1997年に銅門、2009年に馬出門が完成しています。天守は2015〜2016年⁠に耐震補強と⁠展示の一新を受けました。市は1983年から、発掘などの調査にもと⁠づいて江戸時代後期の姿をめざす整備を進めていて、いまは御用米曲輪の整備に⁠取⁠り⁠組んでいます。[1][2][3][10]

この城の人びと

年表

  1. ごろ

    伊勢宗瑞(北条早雲)⁠が小田原に進出[3]

  2. 豊臣秀吉の小田原攻めで北条氏が滅びる[3]

  3. 稲葉正勝が城主と⁠なり、石垣を積む大改修が始まる[10]

  4. 廃城。1872年までに多くの建物を解体[3]

  5. 関東大震災で石垣がほぼ崩れる[3][10]

  6. 天守閣を鉄筋コンクリート⁠で復興[1][3]

  7. 「平成の大改修」(2015年7月〜2016年4月)⁠で耐震補強と⁠展示を一新[2]

建物と⁠遺構

天守の状態

戦後の再建(復興)

1960年に鉄筋コンクリート⁠造⁠で「復興」(公式・城郭協会の表現)⁠。宝永年間の模型や⁠設計図をもとに外観は江戸時代の姿にしたが、最上階の高欄付きの廻縁は復興時に新たに付けたもの。3重4階、地上38.7m。2015年7月〜2016年4月⁠に耐震補強・屋根と⁠外壁の補修と⁠全面塗装・空調設置・展示リニューアル。

城全体のいま

本丸・二の丸を中心に小田原城址公園⁠として整備され、天守閣・常盤木門・銅門・馬出門などが再建・復元されている。最盛期の城域は約400haで、そのうち約30haが国史跡。総構の堀や⁠土塁は市内各所に残る。

主な建物

再建(復興)

天守閣

1960年復興(鉄筋コンクリート造)⁠。2016年に耐震改修。中は展示施設。[1][2]

木造で復元

銅門

1872年解体。発掘・古写真・絵図をもとに1997年に本来の工法で復元。内部は土日祝に特別公開。[5][11]

再建(復興)

常盤木門

本丸の正門。市制30周年事業⁠として1971年に再建。2階はSAMURAI館(展示室)⁠。[6]

確認中

馬出門

二の丸正面の枡形門。2009年に復元(工法は公式で未確認)⁠。[7][3]

再建(復興)

二の丸隅櫓

1934年に再建。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
戦後の再建(復興)昭和以降に建て直した天守。形や⁠位置が当時と⁠違う場合がある編集部記事
築城者
大森氏日本城郭協会
築城
15世紀中頃日本城郭協会
主な城主
大森氏、小田原北条氏、大久保氏、稲葉氏日本城郭協会
廃城
1871年(明治4年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・堀・堀切・曲輪・櫓・櫓台・門・虎口・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(小田原城跡。1938年に二の丸・三の丸の一部、1959年に本丸と⁠二の丸の残り)(1938年)編集部記事
名城選定
日本100名城 21番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城址公園は自由に歩ける。天守閣・SAMURAI館・NINJA館は有料。公園の入口は正面入口(馬出門・江戸時代の正式な登城ルート)⁠、学橋、北入口、南入口の4つ。総構の遺構は公園の外の市内各所にある。

住所

神奈川県小田原市城内6-1(天守閣)[2]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

小田原駅JR東海道新幹線・東海道線、小田急線、箱根登山鉄道、伊豆箱根鉄道大雄山線

徒歩約10分 · 少⁠し登る

徒歩約10分。駅にいちばん近いのは北入口(お城通りの旭丘高校前を右折)で、ここからは階段を使わずに本丸広場まで行ける。正規の登城ルートは、お堀端通りから正面入口の馬出門に入り、馬屋曲輪・住吉橋・銅門・常盤木門を経て本丸へ向かう。[8]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

小田原城天守閣
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
12月の第2水曜(館内整理)⁠、12月31日〜1月1日
料金
大人(高校生以上⁠)1,000円、小・中学生300円、未就学児無料。30人以上の団体は大人800円・小中学生240円。天守閣の券で常盤木門SAMURAI館にも入れる(2026年3月1日改定)[1][14][15]
確認日: 2026-10-03
小田原城NINJA館(歴史見聞館)
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
12月31日〜1月1日
料金
大人500円、小・中学生200円[14]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

城址公園に一般の駐車場はなく、周辺の有料駐車場を使う。公園内の藤棚臨時観光バス駐車場⁠は観光バス・障がい者の車・オートバイ専用。土日祝は道路が大変混むので公共交通機関がすすめられている。[8]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認(天守閣のライトアップは毎日日没〜21:00)[16]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城址公園と⁠天守閣で1時間半〜2時間。小峯御鐘⁠ノ台大堀切まで歩くならさらに1時間ほど
階段・坂・足もと
本丸は小高い場所にある。北入口から、または南入口から郷土文化館前を左へ進むルートなら階段なしで本丸広場まで行ける。[8]
車椅子・ベビーカー
北入口ルートと⁠南入口の郷土文化館前ルート⁠は階段なしで本丸広場へ行ける。天守閣には2016年の改修で多目的トイレ(乳幼児・オストメイト対応)⁠が設けられた。天守閣内のエレベーターの有無は未確認。[8][2]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
天守閣に多目的トイレあり。公園内のほかの場所は未確認。[2]
英語案内・音声ガイド
天守閣の展示を音声で説明する「小田原城展示ガイドアプリ」がある(対応言語は未確認)⁠。館内に無料Wi-Fiあり。[17][2]
季節の楽しみ
公園では桜・藤・花菖蒲・梅などが楽しめ、南入口の「御感の藤」は毎年ゴールデンウィークごろに咲く。樹齢500年を超える巨木もある。天守閣は毎日日没〜21:00にライトアップされる。[4][8][16]
撮影のルール
未確認(公園内で撮影や⁠イベントを企画する場合は事前の案内あり)
工事・休館・立入制限
2026年9月26日〜10月18日⁠の土日祝(9日間)⁠は天守閣が18:00まで開館(最終入場17:30)⁠。10・11月は啓発事業のカラーライトアップ⁠を行う日がある。[18][16]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

江戸時代の正規登城ルート⁠で天守へ 90分

  1. 小田原駅からお堀端通りへ。学橋は渡らずに進み、正面入口の馬出門へ
  2. 馬出門をくぐり、馬屋曲輪へ
  3. 住吉橋を渡って銅門の枡形へ(土日祝は門の内部も見学できる⁠)
  4. 常盤木門を通って本丸広場へ
  5. 天守閣で展示を見て、5階の摩利支天の空間と⁠展望デッキへ
  6. 帰りは北入口から出ると⁠駅に近い

順路は公式サイトの「正規登城ルート」による。時間は天守閣の見学を含めた編集部の目安。

周辺の楽しみ

城下町

早川口遺構・蓮上院土塁(総構)

総構の低い土地に残る数少ない土塁。早川口遺構(南町4-4)⁠は土塁と⁠堀を二重にした構造。蓮上院土塁(浜町2-1-51)には1945年の小田原空襲の爆弾で壊れた跡も残る。[9]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

駅から歩いてすぐに天守のある城を見たい人、北条氏や⁠小田原合戦など戦国時代の話が好きな人に向く。土の城が好きなら、公園の外の総構まで足をのばすと⁠戦国の小田原城の大きさが実感できる。

ここを見ると⁠面白い

正面入口から馬出門・銅門・常盤木門と⁠門を順にくぐると、江戸時代の城の守りの順番が分かる。天守閣では5階の摩利支天の空間と⁠最上階からの相模湾の眺めを。時間があれば小峯御鐘⁠ノ台大堀切で、北条氏の巨大な空堀の底を歩きたい。

訪ねる前に

いまの天守は1960年の鉄筋コンクリート⁠の復興天守で、2016年に耐震改修と⁠展示の一新を終えている。外観は江戸時代の模型をもとにしているが、最上階まわりの手すり付きの廻縁は復興時に付け足されたもの。公園の石垣の多くは関東大震災のあとに積み直したもの。土日祝は道路が混むので電車で行くとよい。

楽しみかた

銅門の内部が公開される土日祝に合わせると、門の中まで見られる。常盤木門では甲冑の着付け体験(1人500円)⁠もできる。夕方以降は天守閣のライトアップも見られる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    園内マップ・施設一覧-天守閣小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  2. 2
    平成の大改修小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  3. 3
    小田原城の歴史小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  4. 4
    城址公園概要小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  5. 5
    銅門小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  6. 6
    常盤木門小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  7. 7
    馬出門小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  8. 8
    交通アクセス小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  9. 9
    総構の遺構小田原市municipal確認日:
  10. 10
    史跡・小田原城跡小田原市(文化財課)municipal確認日:
  11. 11
    小田原城銅門小田原市municipal確認日:
  12. 12
    小峯御鐘⁠ノ台大堀切西堀⁠を公開小田原市(小田原城総合管理事務所)municipal確認日:
  13. 13
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  14. 14
    ご利用案内小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  15. 15
    小田原城天守閣等入館料改定⁠のお知らせ小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  16. 16
    小田原城のライトアップスケジュール⁠について(10月・11月)小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  17. 17
    小田原城展示ガイドアプリ小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  18. 18
    小田原城天守閣⁠の開館時間延長のお知らせ小田原城【公式】(小田原市)official確認日:
  19. 19
    小田原城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  20. 20
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  21. 21
    Wikipedia「小田原城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  22. 22
    Wikidata Q1013437Wikidatawikidata確認日:
  23. 23
    OpenStreetMap way/167050294© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
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  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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