大宰府政庁跡の石段と、その背後に連なる四王寺山(2016年10月撮影)。大野城は、この山の尾根をぐるりと囲んで築かれた。
そらみみCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

福岡県 · 大野城市

大野城

おおのじょう

Ōno Castle

福岡県大野城市

古代山城山城日本100名城 86番

この城らしさ

大宰府の背後にそびえる四王寺山の尾根を、土塁と⁠石垣で約8kmにわたって囲んだ、665年の国の守りの城。

なぜ?

663年に朝鮮半島の白村江の戦いで大敗したあと、朝廷は唐と⁠新羅が攻めてくることを恐れました。九州の政治の中心である大宰府を守るため、664年に水城をつくり、翌665年に背後の山に大野城を築きました。敵が水城を越えてきたら山にこもって戦う計画だったと⁠考えられていますが、実際に攻めてくることはありませんでした。[1][4][3]

見逃したくない3つ

01
谷をふさぐように積まれた百間石垣(2008年8月撮影)。大野城でいちばん大きな石垣で、長さは約180m。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

谷をふさぐ百間石垣

見る場所
宇美町側。四王寺川が流れる谷の部分
注目する部分
川の流れをせき⁠止めるように谷を横切る長い石垣と、外側の急な傾き
ここが面白い
大野城の城壁はほとんどが土を突き固めた土塁ですが、谷の部分だけは石で積みました。百間石垣はその中でいちばん大きく、長さは約180m。外側の面は74〜76度と⁠いう急な角度です。石垣で長い城壁をつくる技術は朝鮮半島から伝わったものです。[10][7][1]
見られるか
外から見られる屋外の遺構で自由に見られる。山の中なので歩きやすい靴で。
02
太宰府口城門跡(2008年8月撮影)。土塁が切れたところに門があり、地面に門の跡の石が残る。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

太宰府口城門跡

見る場所
城の南側。太宰府天満宮の方から上る車道の途中、谷を見下ろすところ
注目する部分
土塁が切れたところに残る門の跡の石と、門の脇の谷をふさぐ石垣
ここが面白い
発掘で、最初の門は柱を地面に埋めた形だったことが分かりました。残っていたヒノキの柱の根を年輪で調べると、日本書紀に書かれた築城の時期と⁠合う結果が出ています。のちに礎石の上に柱を立てる門へ建てかえられ、少なくとも2回建てかえがありました。[10][4]
見られるか
外から見られる屋外の遺構。門そのものは残っていない。
03
増長天地区の建物の礎石(2008年8月撮影)。倉庫だったと考えられる建物の柱を置いた石が、きれいに並んで残る。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

増長天礎石群(倉庫の跡)

見る場所
城の南東部。太宰府口城門に近い、内側の土塁のすぐ内側
注目する部分
一列に並ぶ4棟分の礎石と、すぐ横を巡る土塁
ここが面白い
高床の倉庫4棟の跡が一列に並び、どれも幅6.3m・⁠長さ10.5mと⁠大きさがそろっています。城の中では約70棟の建物跡が見つかっていて、多くは食料などをためる倉庫だったと⁠考えられています。ここは土塁の形もよく分かる場所です。[7][4]
見られるか
外から見られる屋外の遺構で自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
西鉄太宰府駅から徒歩約50分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
主な遺構をいくつか歩いて回ると⁠半日ほど。駅から歩く場合はさらに往復2時間前後⁠を見ておきたい。
立入り
自由に見学できる

山全体が県民の森で、遺構は山の中に散らばっている。遊歩道や⁠林道を歩いて回る。入場料の案内はない。山の中は携帯電話がつながらない所が多い。日本100名城スタンプ⁠は大野城心のふるさと⁠館(大野城市)などにあり、県民の森は西鉄太宰府駅の太宰府市観光案内所での押印を案内している。

確認日:

この城の物語

01
史実

白村江の敗戦が始まりだった

7世紀、朝鮮半島では高句麗・百済・新羅が争っていました。660年に百済が唐と⁠新羅に滅ぼされると、⁠倭(日本)⁠は百済を助けるために兵を送りましたが、663年の白村江の戦いで大敗します。唐と⁠新羅が攻めてくることを恐れた朝廷は、664年に水城を築き、665年に大宰府の北の山に大野城、南に基肄城を築きました。[1][4][2]

02
史実

百済から来た技術者が築いた

日本書紀には、百済の高い位の役人だった憶礼福留(おくらいふくる⁠)⁠と⁠四比福夫(しひふくぶ)⁠を筑紫に送り、大野と⁠椽(基肄)⁠の二つの城を築かせたと⁠書かれています。大野城のように山を土塁と⁠石垣で囲む城は「朝鮮式山城」と呼ばれます。百済の都を守った扶蘇山城が手本になったと⁠考えられています。[3][4]

03
研究上の解釈

天守も城主もいない「立てこもるための城」

大野城には、のちの時代の城にあるような天守や櫓、本丸はありません。城主が住む場所でもありませんでした。山の尾根に土塁、谷に石垣を築いて山全体を囲み、その中に倉庫を建てて食料をため、井戸や⁠水ためで水を確保したと⁠考えられています。城の中央より北寄りの主城原地区は、建物の形から城を管理する中心だったと⁠いう見方もあります。[4][10]

04
史実

城の山から祈りの山へ

698年には大宰府に大野・基肄・鞠智の三つの城を修理させたことが記録に残ります。774年には、外からの災いを退けることを祈る四王院(四王寺)⁠が山の上に建てられ、山は四王寺山と⁠呼ばれるようになりました。いまも山頂の毘沙門堂では、毎年1月3日に「毘沙門天詣り」が行われています。[3][10]

05
史実

建物は消え、土塁と⁠石垣と⁠礎石が残った

城の建物はひとつも⁠残っていませんが、尾根をめぐる土塁、谷の石垣、門の跡、約70棟分の建物の礎石が山の中に残っています。ところが2003年7月19日⁠の記録的な豪雨で、山の中では500か所以上が崩れ、百間石垣に次ぐ大きさだった大石垣(長さ約64m)⁠が一晩で流されました。[10][4]

06
史実

特別史跡と⁠して守り、直す

大野城跡は1932年に国の史跡になり、1953年にとくに大切な特別史跡になりました。豪雨のあとは、太宰府市・福岡県などの教育委員会が2004年度から計画を立てて土塁や⁠城門跡の修復を進めました。城の範囲の約8割は宇美町にあり、山全体は1976年に開いた福岡県立四王寺県民⁠の森と⁠して歩けるように⁠整えられています。[11][10][1][8]

この城の人びと

年表

  1. 白村江の戦いで⁠倭(日本)⁠が大敗[3]

  2. 大宰府を守る水城を築く[3][13]

  3. 大野城と⁠基肄城を築く(日本書紀)[3][1]

  4. 大野・基肄・鞠智の三城を修理させる(続日本紀)[3]

  5. 山の上に四王院(四王寺)⁠が建てられる[10][3]

  6. 国の特別史跡に指定(1932年に史跡)[11]

  7. 7月19日の豪雨で大石垣などが崩れる[10]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

7世紀の古代山城で、天守はもともとない(城郭協会の一覧でも天守は「−」)⁠。近世の城とは成り立ちがまったく違う。

城全体のいま

四王寺山(標高410m)⁠の全体が福岡県立四王寺県民⁠の森で、遊歩道で遺構を歩いて見られる。城の範囲は東西約1.5km・南北約3kmで、宇美町・太宰府市・大野城市にまたがり、約8割が宇美町にある。

主な建物

跡地のみ

礎石建物群(約70棟分)

主城原・増長天・尾花など城内の数か所にまとまって残る。多くは倉庫と⁠考えられている。[10][4][2]

跡地のみ

城門

太宰府口・水城口・坂本口・宇美口(百間石垣)などの城門跡。門の礎石が残る。確認された門の数は資料により6か所・9か所と⁠異なる。[10][4]

基本データ

種類
古代山城7世紀ごろ、大陸からの侵攻に備えて西日本に築かれた山の⁠城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
古代編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
ヤマト政権日本城郭協会
築城
天智天皇4年(665)日本城郭協会
見られる遺構
土塁・石垣・⁠門編集部記事
文化財指定
国特別史跡(大野城跡)(1953年)編集部記事
名城選定
日本100名城 86番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

山全体が県民の森で、遺構は山の中に散らばっている。遊歩道や⁠林道を歩いて回る。入場料の案内はない。山の中は携帯電話がつながらない所が多い。日本100名城スタンプ⁠は大野城心のふるさと⁠館(大野城市)などにあり、県民の森は西鉄太宰府駅の太宰府市観光案内所での押印を案内している。

住所

福岡県糟屋郡宇美町大字四王寺(城跡は太宰府市・大野城市にまたがる⁠)[1][11]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

西鉄太宰府駅西鉄太宰府線

徒歩約50分 · 急⁠な登り

太宰府口城門跡・尾花礎石群・焼米ヶ原まで徒歩約50分(大野城市)⁠。県民の森までは約5km・約70分。山道を上る。[5][9][2]

確認日: 2026-10-03
西鉄都府楼前駅西鉄天神大牟田線

徒歩約60分 · 急⁠な登り

県民の森まで約4.5km・徒歩約60分。[9]

確認日: 2026-10-03
JR宇美駅JR香椎線

徒歩約80分 · 急⁠な登り

県民の森管理センターまで約5.5km・徒歩約80分。宇美町のAIオンデマンドバス「のるー⁠と宇美」(事前予約制)⁠の乗降地点「県民の森」もある。[1][9]

確認日: 2026-10-03

車・駐車場

国道3号から県道60号(飯塚大野城線)⁠を経て、または太宰府から四王寺林道を経て県民の森へ。[9]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
主な遺構をいくつか歩いて回ると⁠半日ほど。駅から歩く場合はさらに往復2時間前後⁠を見ておきたい。
階段・坂・足もと
標高410mの山の中。遺構は尾根や⁠谷に点在し、坂道・山道・未舗装の道を歩く。[10][7]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
春の花、初夏の緑、秋の紅葉や⁠野鳥を楽しめる森。玄界灘や⁠筑紫平野を見渡せる。[8]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
毎年1月3日に山頂の毘沙門堂で「四王寺毘沙門詣り」があり、人出が多い。県民の森では2026年10月17日⁠に大野城跡をめぐる森林浴ウォーキング(要申込)⁠がある。[8][10]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

水城跡

大野城の前年、664年に築かれた全長約1.2kmの土塁と⁠濠の跡。大野城とともに大宰府を守った。続日本100名城。[13][6]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

山歩きが好きな人、天守のない「古代の城」に興味がある人、太宰府の歴史をもっと⁠深く知りたい人に向く。太宰府天満宮や⁠大宰府政庁跡と⁠あわせて、1300年以上前の国の守りを体で感じられる。

ここを見ると⁠面白い

まず百間石垣の大きさと⁠急な角度。次に太宰府口城門跡⁠で門の位置と⁠土塁の切れ目、増長天礎石群で並んだ倉庫の跡を見ると、「山全体が城」と⁠いう意味が分かる。

訪ねる前に

城跡は標高410mの山の中で、遺構は広い範囲に散らばっている。駅からは歩いて1時間前後かかり、山の中は携帯電話がつながらない所が多い。地図を持ち、水と⁠歩きやすい靴を用意したい。

楽しみかた

先に麓の大宰府政庁跡に立って四王寺山を見上げ、「この山が城だった」と⁠確かめてから登ると⁠面白い。土塁の上に立って外側の急な斜面を見下ろすと、敵が⁠近づきにくい⁠作りがよく分かる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    大野城跡(国指定特別史跡)宇美町municipal確認日:
  2. 2
    大野城跡(四王寺山)太宰府市municipal確認日:
  3. 3
    大野城跡(おおのじょうあと⁠)おおのじょうシティミュージアム(大野城市)municipal確認日:
  4. 4
    大野城跡(国指定文化財)おおのじょうシティミュージアム(大野城市)municipal確認日:
  5. 5
    特別史跡大野城跡アクセスマップおおのじょうシティミュージアム(大野城市)municipal確認日:
  6. 6
    「日本100名城」「続日本100名城」スタンプ⁠の設置場所についておおのじょうシティミュージアム(大野城市)municipal確認日:
  7. 7
    四王寺の歴史福岡県立四王寺県民⁠の⁠森official確認日:
  8. 8
    福岡県立四王寺県民⁠の⁠森(トップページ・お知らせ)福岡県立四王寺県民⁠の⁠森official確認日:
  9. 9
    アクセス福岡県立四王寺県民⁠の⁠森official確認日:
  10. 10
    西都史跡名所案内大野城跡(百間石垣)九州国立博物館heritage確認日:
  11. 11
    国指定文化財等データベース大野城跡文化庁heritage確認日:
  12. 12
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    水城跡おおのじょうシティミュージアム(大野城市)municipal確認日:
  14. 14
    大野城 (筑前国)(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  15. 15
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  16. 16
    Wikipedia「大野城 (筑前国)⁠」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  17. 17
    Wikidata Q4503545Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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