堀と石垣の向こうに立つ三階櫓(2020年5月)。2004年に木造で復元された、新発田城の実質的な天守。
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新潟県 · 新発田市

新発田城

しばたじょう

Shibata Castle

新潟県新発田市

城平城日本100名城 31番

この城らしさ

天守がわりの三階櫓の屋根には、⁠鯱(しゃち)⁠が2匹ではなく3匹のっている。

なぜ?

鯱は屋根の棟の両端に1対で飾るのがふつうです。新発田城の三階櫓は、いちばん上の屋根の棟がT字形になっているため、端が3つあり、鯱も3匹になりました。なぜこの形にしたのかを説明する資料は、まだ⁠見つかっていないと市は書いています。[5][18]

見逃したくない3つ

01
三階櫓の近景(2020年5月)。屋根の棟がT字形で、てっぺんに鯱が3匹のる。櫓は自衛隊の敷地側にあり、外から眺める。Drph17CC BY 4.0Wikimedia Commons

3匹の鯱がのる三階櫓

見る場所
本丸の北西の角。城址公園から堀ごしに見上げる
注目する部分
いちばん上の屋根のT字形の棟と、その3つの端にのる⁠鯱
ここが面白い
新発田藩は幕府に遠慮して天守とは呼ばず「三階櫓」と⁠呼びましたが、実際には天守の役目をしていました。明治の初めに壊されましたが、2004年に古い写真などを手がかりに、木造・本瓦葺き・しっく⁠い塗りの昔ながらの工法で復元されました。[5][8][18]
見られるか
一部見られる外観のみ。三階櫓は陸上自衛隊の駐屯地側にあり、内部は公開されていない(補助資料による)⁠。
02
堀に面した本丸表門(2020年5月)。江戸時代から残る櫓門で、国の重要文化財。Drph17CC BY 4.0Wikimedia Commons

江戸時代から残る本丸表門

見る場所
本丸の正門。堀に架かる橋を渡った⁠先
注目する部分
石垣の間にまたがる2階建ての櫓門(やぐらもん)と、白と⁠黒の格子模様の海鼠(なまこ)⁠壁
ここが面白い
城の建物の大部分は明治に壊されましたが、表門と⁠旧二の丸隅櫓は江戸時代の姿で残り、1957年に国の重要文化財になりました。文化庁は、北陸では例の少ない貴重な城の建物と⁠説明しています。公開期間中は毎日、表門に観光ガイドボランティア⁠がいて、無料で説明してくれます。[1][11][15]
見られるか
外から見られる4月〜11月の公開期間は9:00〜17:00(11月は16:30まで⁠)⁠、入場無料。12月〜3月は冬期閉鎖で外観のみ。
03
堀・切込はぎの石垣と旧二の丸隅櫓(2020年5月)。隅櫓は2026年7月から保存修理工事中。Drph17CC BY 4.0Wikimedia Commons

切込はぎの石垣と⁠旧二の丸隅櫓

見る場所
表門の左右から本丸の南側に続く堀ばた
注目する部分
すき⁠間なくかみ⁠合うように四角く加工された石の積み方と、石垣の角に立つ2重2階の隅櫓
ここが面白い
この石垣は「切込はぎ」と⁠いう、見た目を重んじた積み方です。1669年の大地震で石垣が崩れ、その復旧で切込はぎに⁠積⁠み⁠直されました。じつは新発田城で石垣があったのはこのあたりだけで、ほかの部分は土を盛った土塁で⁠囲まれていました。やわらかい地盤で石垣を積みにくかったことも理由と⁠考えられています。[6][7][1][12]
見られるか
一部見られる石垣と⁠隅櫓の外観は堀ばたから見られる。旧二の丸隅櫓は保存修理工事のため2026年7月24日〜11月30日⁠は中に入れない(工事は2027年2月5日まで⁠)⁠。

訪問の目安

最寄り駅
JR新発田駅から徒歩約20分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
城址公園と⁠表門・辰巳櫓を見て約1時間が目安
料金
無料(予約不要)
時間
9:00〜17:00(11月のみ16:30まで⁠)
立入り
一部のみ見学できる

城址公園(本丸の南側)⁠は外から歩ける。表門などの公開は4月〜11月の9:00〜17:00(11月は16:30まで⁠)⁠で無料・予約不要。12月〜3月は冬期閉鎖で外観のみ(積雪によって3月下旬から公開することもある)⁠。三階櫓のある本丸北側の大部分は陸上自衛隊の敷地で、立ち入れない。日本100名城スタンプ⁠は公開期間中は表門、冬期閉鎖中は市役所本庁舎1階⁠と白壁兵舎広報資料館⁠にある。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

なぜ新発田に城を築いたのか

溝口秀勝は、領内に残っていた上杉時代の城の中から、新発田重家の城があった新発田を選びました。新発田川がつくった平地にあり、北に加治川、左右に深い沼地がひかえて守りやすく、潟を通じて日本海へも出られたことが理由と⁠市は推測しています。もとの城を取りこみながら、その数倍の大きさの城を築きました。[2][3]

02
史実

溝口家が50年かけて完成

1598年、豊臣秀吉の命令で上杉景勝が会津へ移ったあと、溝口秀勝が6万石で新発田に入り、城づくりを始めました。まず堀や⁠土居(どい)⁠の工事を進め、建物は急ぐものから順に建てたため、城が完成したのは約50年後、3代宣直(のぶなお)⁠のときでした。溝口家はその後、明治4年の廃藩置県まで12代、約270年にわたり国替えなしで新発田を治めました。[2][3][7][22][13]

03
伝承

沼地と⁠水で守る⁠城

城下町のまわりは「馬の足も立たない」と⁠いわれた低い湿地で、歴代の藩主は守りのさまたげになると⁠して周りの開発を⁠許しませんでした。主な入口は、門を2つ⁠組⁠み⁠合わせて四角い空間をつくる枡形虎口(ますがたこぐち)⁠で固めました。別名の「浮舟城」は、いざ籠城と⁠なれば加治川の堤防を切って城のまわりを水びたしにできるように⁠造られていたから、と伝わります。[5][6]

04
史実

大火と⁠大地震のあとに生まれた三階櫓

1668年の大火で城のほとんどが焼け、翌1669年には大地震で石垣が崩れました。復旧では本丸南側の石垣が切込はぎで積み直され、1679年には、もとは2重の櫓があった本丸北西の角に三階櫓が完成しました。新しく天守を建てることを認めない幕府の方針や、外様大名と⁠しての遠慮から、天守とは呼ばずに三階櫓と⁠呼んだと⁠市は説明しています。[5][7]

05
史実

明治に壊され、軍の町に

1871年の廃藩置県、1873年の城郭破却令により、新発田城は本丸の一部を残して⁠取⁠り⁠壊されました。跡地には歩兵第十六連隊⁠が置かれ、いまも陸上自衛隊⁠の駐屯地になっています。表門と⁠旧二の丸隅櫓、本丸南側の石垣と⁠堀が江戸時代の姿を伝えています。[4][15][16]

06
史実

市民の声で三階櫓がよみがえる

城を復元してほしいと⁠いう声は長くありましたが、費用の面から実現しませんでした。市は1999年度から調査と⁠設計を始め、2001年には市民団体が集めた3万人あまりの署名が市長に届けられました。2002〜2003年度⁠に総額約12億円⁠をかけて、三階櫓と⁠辰巳櫓を木造で復元し、2004年7月⁠に開場式が行われました。市は2024年度に、二の丸の入口だった土橋門(どばしもん)⁠の復元計画もまとめています。[8][23][9]

この城の人びと

年表

  1. 上杉景勝に攻められ、新発田重家の新発田城が落城[19][20]

  2. 溝口秀勝が6万石で入り、築城を始める[2][7]

  3. 大火で城のほぼ全体が焼ける[7]

  4. 本丸北西の角に三階櫓が完成[7]

  5. 城郭破却令で、本丸の一部を残して取り壊される[4]

  6. 表門と⁠旧二の丸隅櫓が国の重要文化財に[15][16]

  7. 三階櫓と⁠辰巳櫓を木造で復元[8][23]

建物と⁠遺構

天守の状態

史料に基づく復元

新発田城に天守はなく、本丸北西の三階櫓が実質的な天守だった。明治のはじめに取り壊され、2004年に木造で復元(城郭協会の表記は「層塔型三重三階木造(復元)⁠」)⁠。

城全体のいま

本丸の南側が新発田城址公園⁠として整備され、表門・旧二の丸隅櫓・辰巳櫓のまわりを歩ける。本丸の大部分と⁠二の丸の一部は陸上自衛隊新発田駐屯地。

主な建物

現存国重要文化財

本丸表門

江戸時代の櫓門。公開期間中は観光ガイドボランティア⁠が常駐。[15][11]

現存国重要文化財

旧二の丸隅櫓

2重2階の櫓。保存修理工事中(2026年7月24日〜2027年2月5日)⁠。[16][1]

木造で復元

三階櫓

実質的な天守。2004年に木造で復元。自衛隊の敷地側にあり外観のみ(補助資料)⁠。[8][18]

木造で復元

辰巳櫓

本丸南東の2重櫓。2004年に三階櫓とともに木造で復元。[8][18]

現存しない

土橋門

明治に失われた。市が2024年度に復元整備基本計画⁠を策定。[9]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
史料に基づく復元図面・写真などの史料に基づいて復元された建物編集部記事
築城者
溝口秀勝・宣勝・宣直日本城郭協会
築城
慶長3年(1598)頃着手、承応3年(1654)完成日本城郭協会
主な城主
溝口氏日本城郭協会
廃城
1873年(明治6年)Wikipedia
見られる遺構
櫓・櫓台・門・石垣・土塁・⁠堀編集部記事
文化財指定
国重要文化財(表門・旧二の丸隅櫓)(1957年)⁠、新発田市指定史跡編集部記事
名城選定
日本100名城 31番日本城郭協会

旅の情報

立入り

一部のみ見学できる

城址公園(本丸の南側)⁠は外から歩ける。表門などの公開は4月〜11月の9:00〜17:00(11月は16:30まで⁠)⁠で無料・予約不要。12月〜3月は冬期閉鎖で外観のみ(積雪によって3月下旬から公開することもある)⁠。三階櫓のある本丸北側の大部分は陸上自衛隊の敷地で、立ち入れない。日本100名城スタンプ⁠は公開期間中は表門、冬期閉鎖中は市役所本庁舎1階⁠と白壁兵舎広報資料館⁠にある。

住所

〒957-0052 新潟県新発田市大手町6丁目[1][21]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR新発田駅JR白新線・羽越本線

徒歩約20分 · 登りなし

市は徒歩20分、観光協会は約25分と⁠案内。バスなら約5分。平地の城なので大きな坂はない。[1][12][14]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

新発田城(表門・旧二の丸隅櫓など⁠)
時間
9:00〜17:00(11月のみ16:30まで⁠)
休館・休み
公開期間(4月〜11月)中は休みなし。12月〜3月は冬期閉鎖
料金
無料(予約不要)[1][12]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

日本海東北自動車道聖籠新発田ICから車で約10分。新発田城址公園駐車場(普通車10台・大型車5台)⁠、アイネス新発田駐車場(163台)⁠。観光協会は無料と⁠案内。[1][12]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城址公園と⁠表門・辰巳櫓を見て約1時間が目安
階段・坂・足もと
平地に築かれた平城で、城址公園内に大きな坂はない。[12][17]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
新発田市観光協会⁠に英語の紹介ページがある。現地の英語表示は未確認。[21]
季節の楽しみ
城址公園にソメイヨシノ約240本・ヤエザクラ約20本⁠があり、例年4月中旬ごろ満開。開花時期はぼんぼりが付き、ライトアップされた城と⁠夜桜を楽しめる。冬は雪をかぶった姿も見られる(建物は冬期閉鎖)⁠。[14][12]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
旧二の丸隅櫓は保存修理工事のため、2026年7月24日〜11月30日⁠は中に入れない(工事期間は2027年2月5日まで⁠)⁠。2026年12月から冬期閉鎖。[1]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

庭園

清水園

新発田藩主・溝口家の下屋敷の庭園(国の名勝)⁠。園内に江戸時代末の足軽長屋(国の重要文化財)⁠もある。開園9:00〜17:00(11〜2月は16:30まで⁠)⁠、火曜休園(祝日・4・5・10・11月は開園)⁠。[24][18]

確認日: 2026-10-03

博物館

白壁兵舎広報資料館

城跡の駐屯地にある資料館(新発田市大手町6-4-16)⁠。冬期閉鎖中は100名城スタンプ⁠もここで押せる。月曜・年末年始休み。[10]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

江戸時代の門や⁠櫓を間近で見たい人、復元された木造の櫓が好きな人、城と⁠自衛隊の駐屯地が同じ場所にある珍しい風景に興味がある人に向く。入場無料で、ガイドボランティア⁠の説明も聞ける。

ここを見ると⁠面白い

まずは堀ばたから三階櫓の屋根を見上げ、鯱が3匹いることを確かめたい。次に、江戸時代から残る表門と⁠旧二の丸隅櫓、そのあいだの切込はぎの石垣を見ると、本物の古い建物と⁠2004年の復元の違いもよく分かる。

訪ねる前に

建物の公開は4月〜11月だけで、12月〜3月は外から見るだけになる。三階櫓は自衛隊の敷地側にあり近づけない。旧二の丸隅櫓は2026年11月30日まで工事のため中に入れない。駅からは歩いて20〜25分。

楽しみかた

表門に常駐するガイドボランティア(9:00〜16:00)に、狐が雪の上に尾で城の図を描いて教えたと⁠いう「狐尾曳ノ城」の伝説や、3匹の鯱の話を聞いてみると⁠よい。春は堀に映る夜桜と⁠ライトアップも楽しめる。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    施設案内新発田城新発田市municipal確認日:
  2. 2
    歴史と⁠概要溝口家の入封と⁠新発田城の築城1新発田市municipal確認日:
  3. 3
    歴史と⁠概要溝口家の入封と⁠新発田城の築城2新発田市municipal確認日:
  4. 4
    歴史と⁠概要幕末明治維新⁠と新発田城新発田市municipal確認日:
  5. 5
    歴史と⁠概要新発田城の概要1新発田市municipal確認日:
  6. 6
    歴史と⁠概要新発田城の概要2新発田市municipal確認日:
  7. 7
    新発田城の変遷新発田市(作成: 新発田城⁠を愛す会)municipal確認日:
  8. 8
    復元計画復元のあらまし新発田市municipal確認日:
  9. 9
    新発田城土橋門復元整備基本計画新発田市municipal確認日:
  10. 10
    【新発田城】日本100名城スタンプ⁠の設置について新発田市municipal確認日:
  11. 11
    観光ガイドボランティア⁠が⁠ご案内いたします新発田市municipal確認日:
  12. 12
    新発田城(国指定重要文化財)新発田市観光協会tourism確認日:
  13. 13
    ようこそ新発田へ新発田市観光協会tourism確認日:
  14. 14
    新発田城址公園新発田市観光協会tourism確認日:
  15. 15
    新発田城表門文化遺産オンライン(文化庁)heritage確認日:
  16. 16
    新発田城旧二の丸隅櫓文化遺産オンライン(文化庁)heritage確認日:
  17. 17
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  18. 18
    新発田城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  19. 19
    歴史と⁠概要新発田重家⁠と上杉景勝の抗争1新発田市municipal確認日:
  20. 20
    歴史と⁠概要新発田重家⁠と上杉景勝の抗争2新発田市municipal確認日:
  21. 21
    Shibata Castle (English)Shibata City Tourism Associationtourism確認日:
  22. 22
    歴代藩主(初代〜六代)新発田市municipal確認日:
  23. 23
    平成16年7月新発田城三階櫓辰巳櫓竣工新発田市municipal確認日:
  24. 24
    清水園北方文化博物館official確認日:
  25. 25
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  26. 26
    Wikipedia「新発田城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  27. 27
    Wikidata Q1039103Wikidatawikidata確認日:
  28. 28
    OpenStreetMap node/1948762674© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
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