春の菅谷館跡(2014年3月撮影)。花の咲く木の下に、草におおわれた土塁が続く。
CarboniumCC BY 3.0Wikimedia Commons

埼玉県 · 嵐山町

菅谷館

すがややかた

Sugaya Yakata

埼玉県嵐山町

城平城続日本100名城 126番

この城らしさ

鎌倉武士・畠山重忠の館と⁠伝わる場所だが、いま歩ける高さ5mの土塁や⁠深い堀は、300年ほどあとの戦国時代の城のものだ。

なぜ?

鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』には、1205年に重忠が「菅屋館」を出発して最期の戦いに向かったと⁠書かれていて、これがここと⁠考えられています。ただし、いま残る遺構はすべて戦国時代のもので、重忠の時代までさかのぼる跡は今のところ⁠見つかっていないと博物館は説明しています。[3][1]

見逃したくない3つ

01
本郭のまわりの土塁と堀(2010年4月撮影)。高さ約5mの土塁と深い堀が郭を囲む。Tak1701dCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

高さ約5mの土塁と⁠深い⁠堀

見る場所
本郭・二ノ郭・三ノ郭のまわり
注目する部分
土塁の高さと、土塁から堀の底へ落ちる45〜50度の急な斜面
ここが面白い
人の力で掘った堀に面した土塁は、高さ約5m、底の幅約15mあります。発掘でわかった堀は上の幅約12m、深さ約5mで、土塁から堀にかけての斜面は45〜50度と、とても攻めにくい造りです。地下水が高いため、一部の堀は水堀や⁠泥田のような堀になっています。[2]
見られるか
外から見られる館跡は散策できる。
02
三ノ郭の土塁(2010年4月撮影)。土塁を折り曲げたり外に張り出させたりして、横から敵を狙えるようにしている。Tak1701dCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

横から狙う「折」と⁠「出枡形土塁」

見る場所
三ノ郭・二ノ郭の土塁
注目する部分
直角や⁠屏風のように折れ曲がった土塁(折)と、外へ張り出した土塁(出枡形土塁)
ここが面白い
土塁を⁠折⁠り⁠曲げたり⁠外⁠へ⁠張⁠り⁠出させたりして、攻めてくる敵を横から攻撃できるようにしています。こうした工夫は戦国時代になって現れる守りのしかけと⁠考えられていて、ここが鎌倉時代の館のままではなく、戦国の城に造り変えられたことを示しています。[2]
見られるか
外から見られる散策路から見られる。
03
三ノ郭(左)と西ノ郭(右)のあいだの堀にかかる木橋(2010年4月撮影)。正拈門(しょうてんもん)前の木橋を復元したもの。Tak1701dCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

正拈門の復元木橋と⁠目かくしの土塁

見る場所
西ノ郭から三ノ郭へ入る正拈門(しょうてんもん)⁠跡
注目する部分
傾きをつけて架けた木橋と、門の内側で視線をさえぎる⁠蔀(しと⁠み)土塁
ここが面白い
三ノ郭の入口は、西ノ郭より約1m高く土を盛って木橋に傾きをつけ、さらに門の内側に目かくしの土塁を置いて、外から郭の中が見えないようにしています。いまの木橋は復元です。[2]
見られるか
外から見られる木橋を渡って通れる。

訪問の目安

最寄り駅
東武東上線武蔵嵐山駅(西口)から徒歩約15分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
博物館と⁠館跡ひと回りで1時間半〜2時間⁠が目安
料金
一般100円(20人以上60円)⁠、高校生・学生50円(同30円)⁠、中学生以下無料。障害者手帳などを持つ人と⁠付き添い1名は減免
時間
9:00〜16:30(入館は16:00まで⁠)⁠。7月1日〜8月31日⁠は9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

館跡は散策できる。博物館は有料。続日本100名城⁠のスタンプは博物館の受付(休館日は入口の風除室)⁠にあり、9:00〜16:30(7・8月は17:00まで⁠)⁠に押せる。年末年始は嵐山町役場の玄関ホールに移る。

確認日:

この城の物語

01
史実

鎌倉街道と⁠都幾川の崖の⁠上

菅谷館跡は、比企丘陵のほぼ中央、都幾川を見下ろす台地の上にあります。南は川にけずられた崖、東と⁠西は台地に⁠切れこむいくつもの谷で、この地形をうまく使って郭を並べています。そばを、上野国(群馬県)⁠と⁠武蔵国を結ぶ古い⁠道「鎌倉街道」が通っていました。[4]

02
伝承

畠山重忠の館と⁠伝わる

鎌倉時代の武蔵武士・畠山重忠は、源頼朝に仕えて多くの手柄を立てた武将です。重忠は父の代からの畠山荘(いまの深谷市)から、鎌倉街道の要所である菅谷へ移って館を⁠構えたとされます。地元では本郭に重忠の館があったと⁠伝わりますが、発掘調査をしていないため⁠確かなことは⁠分かっていません。[3][5][2]

03
史実

1205年、ここから最期の戦いへ

『吾妻鏡』によると、1205年6月19日、鎌倉で異変があると⁠聞いた重忠は、わずか134騎で「菅屋館」を出発しました。22日、二俣川(いまの横浜市旭区)⁠で北条氏の大軍の待ちぶせにあい、子や⁠家来とともに討ち死にしました。[3]

04
研究上の解釈

戦国時代に城へ造り変えられる

重忠のあと、館の移り変わりはわずかな記録にしか⁠残っていませんが、戦国時代に何度も改築されて城と⁠して広げられたと⁠考えられています。1488年に近くの須賀谷原で山内上杉氏と⁠扇谷上杉氏が戦い、そのあと⁠山内上杉氏によって再び整えられたとも⁠考えられています。いま見られる約13万平方メートル⁠の城の姿は、この戦国時代のものです。[1][4][6]

05
史実

建物は消え、土の城が残った

郭の中にあった建物や⁠井戸はすべて地面の下にうまり、いまは広い芝生や⁠林になっています。発掘では江戸時代のものと⁠考えられる建物の跡や⁠井戸の跡が見つかり、博物館の前に丸太を立てて建物の位置を示しています。土塁と⁠堀は、地元の人々に⁠守られてほとんど傷つかずに残ってきました。[2][3]

06
史実

県史跡から国史跡、そして博物館

館跡は1923年に県の史跡と⁠なり、1929年には地元の人々の協力で、重忠の像が二ノ郭の土塁の上に建てられました。1973年に国の史跡に指定され、2008年には松山城跡・杉山城跡・小倉城跡と⁠あわせて「比企城館跡群菅谷館跡」と名前が変わりました。館跡の中には、中世をテーマにした埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館があります。[3][1][5]

この城の人びと

年表

  1. 畠山重忠が「菅屋館」を出発し、二俣川で討ち死に(『吾妻鏡』)[3]

  2. 近くの須賀谷原で両上杉氏が戦う。のちに山内上杉氏が館を再興したと⁠考えられる[6]

  3. 埼玉県の史跡になる[3]

  4. 二ノ郭の土塁の上に畠山重忠の像が建つ[3]

  5. 国の史跡に指定[1][5]

  6. 「比企城館跡群菅谷館跡」に名称変更[1][7]

  7. 続日本100名城⁠に選ばれる[1]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

中世の館・城で、天守はもともとない。

城全体のいま

約13万平方メートル⁠の館跡が芝生や⁠林と⁠して残り、自由に散策できる。中に埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館が建つ。鎌倉時代の武士の⁠館(やかた)⁠と⁠伝わる場所が、戦国時代に城と⁠して造り変えられたもので、江戸時代の城とは成り立ちが違う。

主な建物

再建(復興)

正拈門前の木橋

西ノ郭と⁠三ノ郭を結ぶ木橋を復元したもの。[2]

現存嵐山町指定文化財

畠山重忠像

1929年に造られた竹筋コンクリート⁠製⁠の像。2011年度に町の文化財に指定。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城
不明(平安時代末期か)日本城郭協会
主な城主
畠山重忠、上杉顕定日本城郭協会
見られる遺構
土塁・堀・虎口・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(比企城館跡群菅谷館跡)(1973年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 126番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

館跡は散策できる。博物館は有料。続日本100名城⁠のスタンプは博物館の受付(休館日は入口の風除室)⁠にあり、9:00〜16:30(7・8月は17:00まで⁠)⁠に押せる。年末年始は嵐山町役場の玄関ホールに移る。

住所

〒355-0221 埼玉県比企郡嵐山町菅谷757[1][9]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

東武東上線武蔵嵐山駅(西口)東武東上線

徒歩約15分 · 未確認

西口から歩いて約15分。駅から博物館へのバスはないので、⁠歩くかタクシー⁠を使う。館跡は駅の南西約1kmの台地の上。[10][4]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館
時間
9:00〜16:30(入館は16:00まで⁠)⁠。7月1日〜8月31日⁠は9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日、5月1・2日、11月14日の県民の日が月曜の場合は開館)⁠、年末年始(12月29日〜1月3日)⁠、展示替えなどの臨時休館。2026年度は2027年1月4日〜8日、3月1日〜5日が臨時休館
料金
一般100円(20人以上60円)⁠、高校生・学生50円(同30円)⁠、中学生以下無料。障害者手帳などを持つ人と⁠付き添い1名は減免[9]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

関越自動車道東松山ICから国道254号を小川方面へ約10分、または嵐山小川ICから国道254号を東松山方面へ約10分。小川方面からは中央分離帯があり右折で入れない。館跡の搦手口を抜けた所に広い駐車場がある(料金は未確認)⁠。大型バスは事前連絡が必要。[10][2]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
博物館と⁠館跡ひと回りで1時間半〜2時間⁠が目安
階段・坂・足もと
台地の上の館跡で、土塁と⁠堀のあいだに起伏や⁠土の道がある。[2]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
二ノ郭にトイレ、水飲み場、ベンチ、休憩所がある。[2]
英語案内・音声ガイド
博物館の公式サイトに英語ページ(アクセス・料金など)⁠がある。英語ページの臨時休館日の情報は古いので、日本語の利用案内で確認を。[11][9]
季節の楽しみ
博物館は「館跡花だより」で館跡の季節の花を紹介している。[1]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年度の臨時休館は2027年1月4日〜8日、3月1日〜5日。休館中は御城印の頒布はない。[9]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

杉山城跡

同じ嵐山町にある「比企城館跡群」の山城。武蔵嵐山駅から約2.9km・徒歩約40分。[6]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

鎌倉武士や⁠畠山重忠が好きな人、石垣のない中世の「土の城」を歩きたい人に向く。駅から歩けて博物館で予習もできるので、中世の城の入門にもよい。

ここを見ると⁠面白い

重忠の館と⁠いう伝承と、目の前の戦国時代の土塁・堀とのあいだの300年の差を意識して歩くと⁠面白い。三ノ郭の「折」や⁠出枡形土塁、正拈門の木橋と⁠目かくしの土塁など、横から狙うしかけを探したい。

訪ねる前に

博物館は月曜休館が基本で、展示替えの臨時休館もある。駅からのバスはない。博物館の「菅谷館跡見て歩きガイド」(PDF)⁠で郭の名前と⁠順路を確かめておくと⁠歩きやすい。

楽しみかた

まず博物館で中世の比企地域と⁠菅谷館跡の展示を見てから外へ出て、搦手口から西ノ郭の大手門跡まで一周すると⁠よい。二ノ郭の土塁の上には、1929年に建てられた重忠の像が鎌倉の方を向いて立っている。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    菅谷館跡埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  2. 2
    菅谷館跡の構造埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  3. 3
    畠山重忠と⁠菅谷館跡埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  4. 4
    菅谷館跡の位置と⁠歴史埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  5. 5
    比企城館跡群菅谷館跡松山城跡杉山城跡小倉城跡文化遺産オンライン(文化庁)heritage確認日:
  6. 6
    アクセス(比企城館跡群の紹介)国指定史跡・杉山城跡公式HP(嵐山町)municipal確認日:
  7. 7
    沿革埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  8. 8
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    利用案内埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  10. 10
    交通案内埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  11. 11
    About the Ranzan Historical Museum (English)Saitama Prefectural Ranzan Historical Museumofficial確認日:
  12. 12
    続日本100名城スタンプ(120菅谷館)埼玉県立嵐山史跡⁠の博物館official確認日:
  13. 13
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  14. 14
    Wikipedia「菅谷館」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  15. 15
    Wikidata Q11619403Wikidatawikidata確認日:
  16. 16
    OpenStreetMap node/2476507556© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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