復元された外郭南門と築地塀(2025年12月撮影)。多賀城がもっとも華やかだった第2期(762〜780年)の姿を木造で復元し、2025年4月から公開されている。
掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

宮城県 · 多賀城市

多賀城

たがじょう

Taga Castle

宮城県多賀城市

古代城柵平山城日本100名城 7番

この城らしさ

南門のそばの小さなお堂に、この「城」が724年に造られた⁠と⁠刻んだ石碑が、いまも立っている。

なぜ?

多賀城は天守や⁠石垣のある戦国・江戸の城ではなく、奈良・平安時代に東北を治めるために置かれた役所(陸奥国の国府)です。その始まりを伝えるのが、762年に立てられた多賀城碑です。724年に大野東人が造り、762年に藤原朝狩が造りかえたと⁠刻まれ、ほかの記録にない内容を伝えると⁠して2024年に国宝になりました。[1][3][4]

見逃したくない3つ

01
復元された外郭南門と築地塀(2025年12月撮影)。多賀城がもっとも華やかだった第2期(762〜780年)の姿を木造で復元し、2025年4月から公開されている。掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

木造で復元された外郭南門

見る場所
城跡の南の入口。多賀城碑のお堂のすぐ近く
注目する部分
朱色の柱と⁠白い壁の2階建ての門と、その左右に続く土の⁠塀(築地塀)
ここが面白い
南門は多賀城の正門です。多賀城は3回大きく造りかえられ、4つの時期に分けられますが、復元されたのはもっとも華やかだった第2期(762〜780年)⁠の南門と⁠築地塀です。多賀城創建1300年⁠を記念して市が復元し、2025年4月から公開されています。[5][1]
見られるか
外から見られる外から自由に見られる。夜のライトアップはイベント期間だけ。
02
政庁跡。手前が石を敷いた広場の跡、奥の木立の前が正殿の跡(2015年6月撮影)。建物はなく、柱の位置などが地面に示されている。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

政庁跡(正殿跡と⁠石敷きの広場)

見る場所
城跡のほぼ中央、南門から北へ道をのぼった先の丘の⁠上
注目する部分
塀で囲まれた区画の中にある正殿の跡と、その前の石を敷いた広場、左右の脇殿の⁠跡
ここが面白い
政庁は、国の大切な政治や⁠儀式、宴会が行われた多賀城の中心です。東西約103m、南北約116mを塀で囲み、正殿・脇殿・後殿などを計画的に並べていました。発掘調査で4つの時期の建て替えが分かり、多賀城全体の歴史を考える土台になっています。[2][7]
見られるか
外から見られる建物はなく、地面に建物の跡が示されている。見学自由。
03
多賀城碑を守る小さなお堂(覆堂)。南門の近くにある。碑はこの中に立っている(2015年6月撮影)。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

国宝・多賀城碑(壺碑)

見る場所
外郭南門の近く。小さなお堂(覆堂)⁠の⁠中
注目する部分
石の上部の「西」の一字と、その下に11行で刻まれた140字
ここが面白い
碑には、⁠都(奈良の平城京)などから多賀城までの距離と、724年の創建・762年の改修が刻まれています。江戸時代のはじめに見つかり、歌に詠まれた名所「壺碑(つぼのいしぶみ)⁠」⁠として知られ、松尾芭蕉も訪れて『おくのほそ道』に書きました。日本三古碑の一つです。[4][13]
見られるか
一部見られるお堂の中に立っているため、外からのぞいて見る形になる。

訪問の目安

最寄り駅
JR国府多賀城駅から徒歩約15分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
南門・多賀城碑・政庁跡をめぐって1時間〜1時間半、東北歴史博物館⁠も見るなら半日が目安
料金
未確認
時間
9:00〜16:30
立入り
自由に見学できる

城跡は見学自由。建物の中に入る施設はなく、多賀城碑はお堂の外から見る。日本100名城スタンプ⁠は多賀城跡ガイダンス施設(多賀城市市川字立石3番地⁠の2、中央公園内。9:00〜16:30、12月28日〜1月4日休み)⁠にあり、国府多賀城駅や⁠多賀城駅の観光協会には置いていない。

確認日:

この城の物語

01
史実

仙台平野を見渡す丘の先に

多賀城は、仙台湾と⁠仙台平野を一望できる松島丘陵の先端に造られました。城と⁠いっても、近世の城のような天守や⁠石垣の⁠城ではありません。奈良の朝廷が東北を治めるために置いた「城柵(じょうさく⁠)⁠」⁠と呼ばれる拠点で、陸奥国(いまの東北地方の太平洋側)⁠の国府、つまり国の役所でした。[1][2]

02
史実

724年、大野東人が造る

多賀城は724年、大野東人によって造られました。このことは多賀城碑に刻まれています。奈良時代には、軍事をつかさどる鎮守府もここに置かれ、多賀城は東北の政治・文化・軍事の中心になりました。[1][2][4]

03
史実

約900m四方⁠の「役所の町」

多賀城は一辺がおよそ1km前後⁠のいびつな四角形で、⁠高さ4〜5mほどの土の⁠塀(築地塀)⁠や⁠材木を並べた塀で囲まれ、南・東・西に門がありました。中央の政庁では大切な政治や⁠儀式が行われ、まわりの各地区には実際の仕事をする役所や⁠工房、兵士の宿舎が⁠置かれていました。城の外には道路で区切られた町が⁠広がっていました。[1][2]

04
史実

焼き討ちと⁠大地震から立ち直る

発掘調査で、政庁には4つの時期があったことが分かっています。762年に藤原朝狩が大きく造りかえ(第2期)⁠、780年に伊治公呰麻呂⁠(これはりのきみあざまろ)⁠の反乱で焼き討ちにあったあと⁠立て直され(第3期)⁠、869年の陸奥国の大地震のあとにも復興しました(第4期)⁠。役所の多くは第3期に整えられ、平安時代に体制が充実したことが分かります。[2]

05
史実

建物は消え、地下に跡が残った

多賀城は11世紀ごろに役目を終え、建物は⁠残りませんでした。江戸時代のはじめに多賀城碑が見つかり、ここが多賀城の跡だと⁠分かりました。1960年から続く発掘調査で、それまで軍事基地とだけ見られていた多賀城が、国の役所と⁠しての性格を強く持っていたことが明らかになりました。[1][2]

06
史実

特別史跡と⁠創建1300年⁠の復元

地元の人々が守ってきたこともあり、1922年に国の史跡、1966年に特別史跡になりました。市は平城宮跡・大宰府跡とならぶ「日本三大史跡」と紹介しています。創建1300年⁠に合わせて、県が政庁南側の道や⁠役所跡(城前官衙)⁠を整え、市が外郭南門と⁠築地塀を木造で復元しました。[1][5][6]

この城の人びと

年表

  1. 大野東人が多賀城を造る[2][4]

  2. 藤原朝狩が大改修し、多賀城碑が立てられる[2][4]

  3. 伊治公呰麻呂の反乱で焼き討ちにあう[2]

  4. 陸奥国の大地震のあと⁠復興する[2]

  5. 特別史跡に指定(1922年に史跡)[1]

  6. 多賀城碑が国宝に指定される[3][4]

  7. 復元した外郭南門の一般公開が始まる[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

古代の城柵で、天守はもともとない(城郭協会の一覧でも天守は「−」)⁠。

城全体のいま

古代の城柵・国府の跡。広い城跡は史跡と⁠して整備され、政庁跡は建物の位置を地面に示した公園のようになっている。南側では外郭南門と⁠築地塀が木造で復元され、城前官衙地区では役所の建物の骨組みが復元されている。

主な建物

木造で復元

外郭南門

第2期(762〜780年)⁠の姿を木造で復元。2025年4月から公開。[5]

木造で復元

南門脇の築地塀

南門と⁠あわせて第2期の姿で復元。[5]

跡地のみ

政庁(正殿・脇殿・後殿など⁠)

建物はなく、跡が地面に示されている。[2][7]

再建(復興)

城前官衙の建物

発掘で見つかった建物の配置を表現し、中心の建物は柱や梁の骨組みを復元(構造復元)⁠。2022年から公開。[6]

現存国宝

多賀城碑

762年の碑。高さ248cm(地上196cm)⁠。お堂の中に立つ。1998年に重要文化財、2024年に国宝。[4]

基本データ

種類
古代城柵古代の朝廷が東北に置いた役所と⁠砦
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
古代編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
大野東人日本城郭協会
築城
神亀元年(724)日本城郭協会
見られる遺構
曲輪・門・土塁編集部記事
文化財指定
国特別史跡(多賀城跡附寺跡)(1966年)⁠、国宝(多賀城碑)(2024年)編集部記事
名城選定
日本100名城 7番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は見学自由。建物の中に入る施設はなく、多賀城碑はお堂の外から見る。日本100名城スタンプ⁠は多賀城跡ガイダンス施設(多賀城市市川字立石3番地⁠の2、中央公園内。9:00〜16:30、12月28日〜1月4日休み)⁠にあり、国府多賀城駅や⁠多賀城駅の観光協会には置いていない。

住所

宮城県多賀城市市川[7]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR国府多賀城駅JR東北本線(仙台駅から約14分)

徒歩約15分 · 少⁠し登る

観光協会の案内では、駅から多賀城碑まで徒歩10分、政庁跡まで徒歩15分。政庁は丘の上にあり、南門側から上りになる。[7][13][11]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

多賀城跡ガイダンス施設
時間
9:00〜16:30
休館・休み
年末年始(12月28日〜1月4日)
料金
未確認[8]
確認日: 2026-10-03
東北歴史博物館
時間
9:30〜17:00(観覧券の発行は16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝・休日の場合は翌平日)⁠、12月29日〜1月4日
料金
常設展一般500円(20人以上の団体400円)⁠、大学生以下無料。特別展は別料金[10]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

多賀城跡の駐車場は20台(観光協会の案内)⁠。三陸自動車道多賀城ICが最寄り。[7][9]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡は見学自由(観光協会の案内)[7]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
南門・多賀城碑・政庁跡をめぐって1時間〜1時間半、東北歴史博物館⁠も見るなら半日が目安
階段・坂・足もと
城跡の中は高低差が大きく、政庁跡は丘の上にある。南門から政庁へは上り坂と⁠階段がある。[2][16]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
県の多賀城跡散策マップ⁠にトイレの場所が載っている(個別の場所は未確認)⁠。[17]
英語案内・音声ガイド
南門地区・政庁地区などの説明板には英語・中国語・韓国語の説明が加えられている(2016年)⁠。県の多賀城跡調査研究所⁠のサイトに説明板の英語などの補足がある。[6][17]
季節の楽しみ
政庁跡のまわりは桜の名所で、例年4月初旬〜中旬⁠に咲く。城跡の一角の多賀城跡あやめ⁠園では、6月中旬〜下旬⁠にあやめまつりが開かれる。[12][15]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
外郭南門の夜のライトアップはイベント期間だけ。[5]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

東北歴史博物館

旧石器時代から近現代まで東北全体の歴史を扱う県立博物館。国府多賀城駅のすぐ隣にあり、多賀城の出土品や⁠解説も見られる。[10][11]

確認日: 2026-10-03

庭園

多賀城跡あやめ⁠園

多賀城跡の一角にある約2万1千平方メートル⁠の花園。アヤメ・カキツバタ・ハナショウブが植えられ、6月中旬〜下旬⁠にあやめまつりが開かれる。国府多賀城駅から徒歩5分。[15]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守のある城とはちがう「古代の城」を知りたい人、奈良・平安時代の歴史が好きな人、広い史跡をのんびり歩きたい人に向く。仙台から電車で15分ほどなので、仙台城と⁠あわせて回りやすい。

ここを見ると⁠面白い

まず南門で、復元された門と⁠塀の大きさを体で感じる。次にお堂の中の多賀城碑で、1300年前に刻まれた文字を見る。最後に丘の上の政庁跡へ上り、正殿跡から南門の方向を見下ろすと、都から来た役人がこの国を治めていた場の広さが分かる。

訪ねる前に

ここは近世の城ではなく、古代の役所の跡。天守・石垣・堀はなく、建物は南門などの復元をのぞけば地面の跡だけ。城跡は広く高低差があるので歩きやすい靴で。100名城スタンプ⁠は駅ではなくガイダンス施設⁠にある。

楽しみかた

先に駅隣りの東北歴史博物館⁠で多賀城の展示を見てから歩くと、何もない地面に建物の姿を⁠思⁠い⁠浮かべやすい。春は政庁跡の桜、6月はあやめ園と⁠合わせて訪ねるのもよい。

訪問者レビュー

レビュー募集中

この城を訪ねた方の声を募集しています。

レビューを書く
評価

体験に基づかない投稿・宣伝・個人情報を含む投稿は公開しません。

異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    特別史跡多賀城跡附寺跡多賀城市municipal確認日:
  2. 2
    多賀城跡宮城県多賀城跡調査研究所official確認日:
  3. 3
    多賀城碑宮城県多賀城跡調査研究所official確認日:
  4. 4
    国宝「多賀城碑」多賀城市municipal確認日:
  5. 5
    多賀城南門多賀城市municipal確認日:
  6. 6
    環境整備いま宮城県多賀城跡調査研究所official確認日:
  7. 7
    多賀城跡多賀城市観光協会tourism確認日:
  8. 8
    日本100名城スタンプラリー多賀城市観光協会tourism確認日:
  9. 9
    アクセス宮城県多賀城跡調査研究所official確認日:
  10. 10
    開館時間・観覧料金東北歴史博物館official確認日:
  11. 11
    交通アクセス東北歴史博物館official確認日:
  12. 12
    多賀城政庁跡の⁠桜多賀城市観光協会tourism確認日:
  13. 13
    多賀城碑(壺碑・つぼのいしぶみ)多賀城市観光協会tourism確認日:
  14. 14
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  15. 15
    多賀城跡あやめ⁠園多賀城市観光協会tourism確認日:
  16. 16
    多賀城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  17. 17
    多賀城とは(散策マップ・説明板の補足へのリンク)宮城県多賀城跡調査研究所official確認日:
  18. 18
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  19. 19
    Wikipedia「多賀城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  20. 20
    Wikidata Q870867Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

現地の変化や⁠誤り、使ってよい写真をご存じでしたらお知らせください。

情報の訂正・写真の提供