掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commonsこの
南門のそばの小さなお堂に、この「城」が724年に造られたと刻んだ石碑が、いまも立っている。
見逃したくない3つ
訪問の目安
- 最寄り駅
- JR国府多賀城駅
から 徒歩約15分 - 登り
- 少し
登る - 所要時間の
目安 編集部の目安 - 南門・
多賀城碑・ 政庁跡を めぐって 1時間〜1時間半、 東北歴史博物館も 見るなら 半日が 目安 - 料金
- 未確認
- 時間
- 9:00〜16:30
- 立入り
- 自由に
見学できる 城跡は
見学自由。 建物の 中に 入る 施設は なく、 多賀城碑は お堂の 外から 見る。 日本100名城 スタンプは 多賀城跡 ガイダンス 施設 (多賀城市市川字立石3番地の 2、 中央公園内。 9:00〜16:30、 12月28日〜1月4日休 み)に あり、 国府多賀城駅や多賀城駅の 観光協会には 置いていない。
確認日:
この城の物語
焼き討ちと大地震から立ち直る
発掘調査で、
この城の人びと
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
古代の
城全体の
古代の
主な建物
外郭南門
第2期
南門脇の築地塀
南門とあわせて
政庁(正殿・脇殿・後殿など)
城前官衙の建物
発掘で
多賀城碑
762年の
基本データ
- 種類
- 古代城柵古代の
朝廷が 東北に 置いた 役所と砦 - 地形に
よる 分類 - 平山城平地の
中の 編集部記事丘に 築いた城 - 時代
- 古代編集部記事
- 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城者
- 大野東人日本城郭協会
- 築城
- 神亀元年
(724) 日本城郭協会 - 見られる
遺構 - 曲輪・
門・ 編集部記事土塁 - 文化財指定
- 国特別史跡
(多賀城跡附寺跡) 編集部記事(1966年)、 国宝 (多賀城碑) (2024年) - 名城選定
- 日本100名城 7番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に城跡は
住所
宮城県多賀城市市川[7]
確認日: 2026-10-03最寄り駅と行き方
開館時間・料金
- 時間
- 9:30〜17:00
(観覧券の 発行は 16:30まで) - 休館・
休み - 月曜
(祝・ 休日の 場合は 翌平日)、 12月29日〜1月4日 - 料金
- 常設展一般500円
(20人以上の [10]団体 400円)、 大学生以下 無料。 特別展は 別料金
車・駐車場
多賀城跡の
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
天守の
ここを見ると面白い
まず
訪ねる前に
ここは
楽しみかた
先に
写真
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異説・未確認の点
- 多賀城の
終わりの 時期は、 市は 「11世紀の 中頃」、 県の 多賀城跡調査研究所は 政庁の 終末を 「11世紀前半頃と 推定」としている。 - 外郭の
大きさは、 市は 「約900メートル 四方」、 県は 「一辺が 1km前後の いびつな 四角形」と説明している。 北門は 確認 されていない。 - 城郭協会の
分類は 「平山城 (城柵)」。 近世の 平山城と同じ 種類の 城ではない。 - ガイダンス
施設の 料金、 城跡の バリアフリー 情報、 撮影ルールは 確認 できなかった。
出典
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掲載の状況
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