日本のお城アトラス

藤原朝狩(藤原恵美朝狩)

Fujiwara no Asakari

奈良時代の貴族。権力者・藤原仲麻呂(恵美押勝)⁠の子。陸奥の長官と⁠して762年に多賀城を大きく造りかえ、そのことを多賀城碑に刻ませた。

読み
ふじわらのあさかり
生没年
?–764
史実

エピソード

多賀城碑の最後には、碑を立てた日と⁠して762年12月1日⁠が刻まれ、朝狩の名と⁠役職が並ぶ。2年後の764年、父・仲麻呂の反乱に加わり、一族とともに討たれた。

ゆかりの⁠城

出典

  1. 1
    国宝「多賀城碑」確認日:
  2. 2
    藤原朝狩(補助資料・Wikipedia日本語版)確認日: