復元された石垣と門、櫓が並ぶ鳥越城跡の本丸付近(2016年9月撮影)。2022年の豪雨と2024年の地震で一部が崩れる前の姿。
松葉浩弘CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

石川県 · 白山市

鳥越城

とりごえじょう

Torigoe Castle

石川県白山市

城山城続日本100名城 138番

この城らしさ

「百姓の持ちたる国」と⁠呼ばれた加賀一向一揆が、最後まで織田軍に抵抗した山の砦。

なぜ?

加賀(石川県南部)では約100年間、浄土真宗(一向宗)⁠の門徒たちが国を治め、「百姓の持ちたるような国」と⁠言われました。白山のふもとの門徒は鈴木出羽守のもとでこの城にこもり、1580年に落城したあとも2年にわたって戦い続けました。1582年に鎮圧され、300人あまりが磔にされて加賀一向一揆は終わりました。[1][4]

見逃したくない3つ

01
発掘調査をもとに復元された枡形門(2007年9月撮影)。石垣にはさまれた入口を、門をくぐってから折れて進む。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

発掘をもとに復元された門と⁠土塁

見る場所
城山(標高312m)⁠の山頂部、本丸のまわり
注目する部分
本丸門・枡形門・中の丸門と、土塁、空堀、柵列
ここが面白い
1993〜94年⁠の本丸の発掘で建物の跡がよく見つかり、1997〜2000年⁠にかけて門や⁠土塁、柵列、建物跡が復元整備されました。戦国時代の山城が実際にどんな姿だったかを想像しやすい城跡です。[1][4]
見られるか
一部見られる2022年の豪雨と⁠2024年の能登半島地震で遺構の一部が崩れた。車での入城は2025年6月から再開したが、斜面や⁠復元石垣は時間をかけて復旧中。冬は積雪で行けない。
02
本丸に表示された建物跡(2007年9月撮影)。発掘で見つかった掘立柱建物や礎石建物の位置が示されている。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

本丸の建物跡

見る場所
本丸
注目する部分
地面に示された掘立柱建物跡と⁠礎石建物跡
ここが面白い
1977年から15回にわたる発掘で、一向一揆の時代と⁠織田信長の時代の両方の遺構が⁠見つかっています。本丸からは金の板、甲冑の一部、中国製の青花磁器、天目茶碗、鉄砲玉なども出土しました。[1][5]
見られるか
外から見られる出土品はふもとの鳥越一向一揆歴史館で展示。
03
復元された石垣と門、櫓が並ぶ鳥越城跡の本丸付近(2016年9月撮影)。2022年の豪雨と2024年の地震で一部が崩れる前の姿。松葉浩弘CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

手取川と⁠大日川を見下ろす眺め

見る場所
城山の山頂部
注目する部分
手取川と⁠大日川が合わさるあたりの谷と、対岸の二曲城跡の方向
ここが面白い
城山に立つと⁠あたり一帯が見渡せ、なぜここに大事な砦が築かれたのかを地形から読み解けると⁠白山市観光連盟⁠は紹介しています。大日川の対岸には、あわせて国史跡になっている二曲城(ふと⁠げじょう⁠)跡があります。[2][1][6]
見られるか
外から見られる山頂部は登城可能(2026年4月現在)⁠。クマに注意。

訪問の目安

所要時間の目安編集部の目安
歴史館の見学に約1時間、車で城跡へ上がって山頂部を回るのに約1時間が目安
料金
一般・高校生310円、中学生以下無料(15名以上の団体260円)
時間
9:00〜16:30(入館は16:00まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡は見学自由(2026年4月現在、登城可能)⁠。冬の積雪時は城跡への道を通れない。続日本100名城スタンプ⁠は鳥越一向一揆歴史館の受付にあり、歴史館の休館日は鳥越市民サービスセンター(白山市別宮町ロ170、平日8:30〜17:15)⁠で押せる。展示替えの臨時休館中も受付でスタンプは押せる。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

白山麓の門徒の拠点

鳥越城は、手取川と⁠大日川が合流するあたりの丘陵の先にある山城です。白山のふもとの本願寺門徒(浄土真宗の信者)が、石山本願寺と⁠織田信長の戦いが⁠激しくなるなかで築き、整えたと⁠考えられています。[1][6]

02
伝承

城主・鈴木出羽守

城を築いたのは、本願寺から派遣されたと⁠いわれる鈴木出羽守と⁠伝えられます。白山麓の門徒を率いて、南加賀の一向一揆のなかで最後まで頑強に抵抗しました。[2][1]

03
史実

落城、そして2年の攻防

1580年、出羽守は織田方の柴田勝家のはかりごとで松任城に呼び出されて殺され、鳥越城も落ちました。それでも門徒の抵抗は続き、2年にわたって城の奪い合いが繰り返されます。1582年3月⁠に掃討され、300人あまりの門徒が磔にされました。こうして加賀一向一揆は終わりました。[1][2]

04
史実

空堀と⁠曲輪の連なり

城は、本丸を中心に二の丸・三の丸などの曲輪(くるわ)⁠を空堀や⁠腰郭(こしぐるわ)⁠でつないだ連郭式⁠の山城です。空堀や⁠土塁で区切られた大小6つの曲輪からなり、発掘では一向一揆の時代と⁠織田信長の時代の遺構の両方が確認されています。[1][5]

05
史実

発掘、国史跡、そして災害からの復旧

1977年からの発掘調査の成果で、1985年に対岸の二曲城跡とともに国の史跡になりました。1997〜2000年⁠に門や⁠建物跡が復元整備され、2001年にはふもとに鳥越一向一揆歴史館が開館。2017年に続日本100名城⁠に選ばれました。2022年の豪雨と⁠2024年の能登半島地震で遺構や⁠林道の一部が崩れましたが、林道は復旧し、2025年6月から車で⁠入れるようになりました。[1][3][7]

この城の人びと

年表

  1. 鈴木出羽守が殺され、鳥越城が落城[1][2]

  2. 3月、白山麓の門徒が鎮圧され、加賀一向一揆が終わる[1][2]

  3. 発掘調査が始まる[1]

  4. 二曲城跡とともに国の史跡に指定(9月3日)[1]

  5. 鳥越一向一揆歴史館が開館[3]

  6. 続日本100名城⁠に選ばれる[7]

  7. 災害で崩れた林道が復旧し、6月から車で入城できるようになる[1]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

戦国時代の山城で天守はない(城郭協会の一覧でも「−」)⁠。

城全体のいま

山頂部が史跡公園と⁠して整備され、門や⁠土塁、柵列、建物跡が復元されている。災害で崩れた斜面や⁠復元石垣は復旧の途中。ふもとに鳥越一向一揆歴史館がある。

主な建物

再建(復興)

本丸門・枡形門・中の丸門

1997〜2000年⁠の史跡整備で、発掘成果をもとに復元。[1]

跡地のみ

本丸の掘立柱建物跡・礎石建物跡

建物の位置を地面に表示して整備。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
鈴木出羽守日本城郭協会
築城
天正8年(1580)以前日本城郭協会
主な城主
鈴木氏日本城郭協会
見られる遺構
土塁・堀・曲輪・櫓・櫓台・門・石垣・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(鳥越城跡附二曲城跡)(1985年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 138番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は見学自由(2026年4月現在、登城可能)⁠。冬の積雪時は城跡への道を通れない。続日本100名城スタンプ⁠は鳥越一向一揆歴史館の受付にあり、歴史館の休館日は鳥越市民サービスセンター(白山市別宮町ロ170、平日8:30〜17:15)⁠で押せる。展示替えの臨時休館中も受付でスタンプは押せる。

住所

石川県白山市三坂町・別宮町・釜清水町・上野町[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

白山市立鳥越一向一揆歴史館
時間
9:00〜16:30(入館は16:00まで⁠)
休館・休み
毎週月曜(祝休日の場合は開館し、翌平日休館)⁠、年末年始、展示替⁠え整理期間。2026年は11月17〜19日・12月22〜23日⁠に展示替えの臨時休館
料金
一般・高校生310円、中学生以下無料(15名以上の団体260円)[3][4][8]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

北陸自動車道の白山ICから国道157号を南へ約50分。城跡の駐車場は10台ほどで、大型・中型バスは城跡まで通れない。冬の積雪時は通行できない。歴史館には48台の駐車場があり、歴史館から城跡までは徒歩約30分。[2][4][5]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
歴史館の見学に約1時間、車で城跡へ上がって山頂部を回るのに約1時間が目安
階段・坂・足もと
城跡は標高312mの城山の上。歴史館から歩くと⁠約30分の登り。[5]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
歴史館の公式サイトに英語名の表記がある。館内の英語案内は未確認。[8]
季節の楽しみ
冬は積雪で城跡へ行けない。[2]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
クマと⁠出会わないよう、早朝や⁠夕方の登山は控え、2人以上で鈴や⁠ラジオを持って入るよう市が呼びかけている(2026年4月現在)⁠。災害で崩れた斜面や⁠復元石垣は復旧の途中。[1][9]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

二曲城跡

大日川をはさんだ鳥越城の対岸にある城跡で、鳥越城と⁠あわせて国史跡。歴史館から主郭まで徒歩約20分。[1][5]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

戦国時代の宗教と⁠民衆の戦いに関心がある人、復元された門や柵で山城の姿を具体的に見たい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

まず歴史館で約20分の映像と⁠出土品を見て、一向一揆の流れをつかんでから城へ。枡形門や⁠本丸門をくぐり、本丸の建物跡と⁠空堀を見て、門徒たちが守った山の形を確かめたい。

訪ねる前に

城跡への道は冬に雪で通れず、大型・中型バスも入れない。2022年の豪雨と⁠2024年の地震の影響で、復元石垣などは復旧途中。クマへの注意が⁠呼びかけられている。歴史館は月曜休館。

楽しみかた

山頂から川の合流点と⁠対岸の二曲城跡を見比べると、二つの城で谷を押さえていたことが実感できる。時間があれば二曲城跡にも登ってみたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    史跡鳥越城跡附二曲城跡白山市municipal確認日:
  2. 2
    鳥越城跡白山市観光連盟tourism確認日:
  3. 3
    鳥越一向一揆歴史館白山市municipal確認日:
  4. 4
    鳥越一向一揆歴史館白山市観光連盟tourism確認日:
  5. 5
    鳥越城跡附二曲城跡解説リーフレット(PDF)白山市municipal確認日:
  6. 6
    鳥越城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  7. 7
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    「続日本100名城スタンプ」の取扱いについて / 展示入⁠れ⁠替えによる臨時休館のお知らせ白山市立鳥越一向一揆歴史館official確認日:
  9. 9
    鳥越城跡へお越しの皆様へ(2026年4月)白山市立鳥越一向一揆歴史館official確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「鳥越城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q11675141Wikidatawikidata確認日:
  13. 13
    OpenStreetMap node/3490218993© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認中

近くの⁠城

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