赤瓦の天守と天守台の石垣(2022年5月撮影)。天守は1965年に古写真をもとに外観を再建し、2011年に幕末と同じ赤瓦にふき替えられた。
Miyuki MeinakaCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

福島県 · 会津若松市

会津若松城

わかまつじょう

Aizuwakamatsu Castle

福島県会津若松市

城平山城日本100名城 12番

この城らしさ

日本でいまただ一つ、赤い瓦をのせた天守が見られる城。

なぜ?

はじめは西日本と⁠同じ黒い瓦でしたが、寒さや⁠雪に強い瓦と⁠して、保科正之の命で鉄分の多い釉薬をかけた赤瓦が会津で作られたと⁠伝わります。1965年に再建された天守は黒瓦でしたが、2011年に幕末と⁠同じ赤瓦にふき⁠替えられました。公式サイトは、赤瓦の天守を見られるのは国内でここだけと⁠しています。[1][7]

見逃したくない3つ

01
赤瓦の天守と天守台の石垣(2022年5月撮影)。天守は1965年に古写真をもとに外観を再建し、2011年に幕末と同じ赤瓦にふき替えられた。Miyuki MeinakaCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

赤瓦の五層の天守

見る場所
本丸の北側。天守の中は若松城天守閣郷土博物館で、5層目が展望室
注目する部分
屋根の赤い瓦の色と、白い壁との対比。最上階からの360度の会津盆地の眺め
ここが面白い
天守は明治のはじめに⁠取⁠り⁠壊されましたが、1965年に明治初期の古写真をもとに外観が再建され、2011年には屋根が幕末と⁠同じ赤瓦になりました。戊辰戦争で1か月の籠城に耐えた会津藩の象徴で、中では歴代の領主や⁠幕末の会津の歴史を展示しています。[1][3]
見られるか
外から見られる外観は自由に見られる。内部は有料(大人410円)⁠、8:30〜17:00(最終入場16:30)⁠・無休。館内は階段のみ。
02
天守台の石垣(2022年7月撮影)。蒲生氏郷の時代に、自然の石をほぼそのまま積む「野面積み」で築かれたもの。Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

天守台の野面積みと⁠高石垣

見る場所
天守の土台と、蒲生氏郷の時代に正面(追手口)だった側の高石垣・廊下橋のあたり
注目する部分
自然の石をほとんど加工せずに積んだ天守台のゆるやかな傾き。扇のように反りあがる高石垣
ここが面白い
天守台の石垣は400年以上前の蒲生氏郷の時代のもので、ゆるやかな傾きは真下で起きる地震にも強いと⁠公式サイトは説明しています。氏郷の時代に正面だった側には、東日本でもトップクラスの高石垣があります。[2]
見られるか
外から見られる公園内から自由に見られる。
03
茶室麟閣(2022年9月撮影)。千利休の子・少庵が会津にかくまわれたときに建てたと伝わる茶室で、1990年に城内の元の場所へ移築された。Bernie OngeweCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

千利休の子ゆかりの茶室・麟閣

見る場所
本丸の⁠中
注目する部分
茶室の建物と⁠庭、3つの千家の家元による扁額
ここが面白い
1591年に千利休が秀吉に死を命じられたあと、蒲生氏郷は利休の子・少庵を会津にかくまい、千家の再興を願い出たと⁠伝わります。そのときに建てられたと⁠伝わる茶室です。明治に城下へ移されて守られ、1990年に市が城内の元の場所へ戻しました。茶室を眺めながら抹茶(1席600円)⁠が楽しめます。[4][1]
見られるか
外から見られる8:30〜17:00(入場16:30まで、抹茶の注文は16:00まで⁠)⁠・無休。天守閣との共通券は大人520円。

訪問の目安

最寄り駅
まちなか周遊バス「鶴ヶ城入口」(JR会津若松駅から⁠)から徒歩約5分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
天守閣の博物館と⁠本丸をめぐって1時間半〜2時間、麟閣でお茶を飲むならさらに30分が目安
料金
大人410円、小人150円(30〜99名の団体は360円・135円)⁠。茶室麟閣との共通券520円、天守閣・麟閣・御薬園の三施設共通券730円。障がい者手帳の提示で本人無料
時間
8:30〜17:00(最終入場16:30)
立入り
自由に見学できる

城址公園は自由に散策できる。天守閣(博物館)⁠と⁠茶室麟閣は有料。日本100名城スタンプ⁠は鶴ヶ城売店の出入口にあり、天守閣の出口から売店に入れる。公園内への車の乗り入れは許可制。

確認日:

この城の物語

01
史実

会津盆地の南東、街道の集まる場所

会津盆地は水が豊かな広い穀倉地帯で、城はその南東のすみに築かれ、まわりに城下町が広がりました。城下からは各地へ街道がのび、奥州(東北)⁠の入口にあたる交通の要所でした。[1]

02
史実

葦名の館から蒲生氏郷の鶴ヶ城へ

始まりは1384年に葦名直盛が築いた館と⁠いわれます。1589年に伊達政宗が葦名氏を破って会津に入りましたが、秀吉の命で1590年に蒲生氏郷が入り、石垣や⁠堀をそなえた本格的な城に造りかえました。1593年に天守ができて「鶴ヶ城」と⁠名付けられ、地名も黒川から若松に改められました。[1][7]

03
史実

大地震と⁠加藤氏の大改修

1611年の会津の大地震で石垣が崩れ、天守が傾く被害が出ました。1627年に入った加藤嘉明と⁠子の明成が1639年まで大きく改修し、天守は層塔型の五層になり、西出丸・北出丸が整えられて、いまに近い姿になりました。1643年からは保科正之に始まる会津松平家が幕末まで治めました。[1][7]

04
史実

戊辰戦争で1か月の籠城

1868年の戊辰戦争で、会津藩は旧幕府側の中心と⁠なって戦いました。8月に戦場が会津に移ると、城は新政府軍の激しい攻撃に約1か月耐えたのち降伏し、城を明け渡しました。[1][7]

05
史実

石垣だけを残して取り壊し

1874年までに、天守をはじめ城の建物はすべて取り壊され、石垣だけが残りました。内堀より内側は戊辰戦争のころの縄張り(城の区画)⁠がほぼ残っており、1934年に国の史跡になりました。本丸にあった三階櫓(御三階)⁠は市内の阿弥陀寺に移されて残っています。[1][2]

06
史実

天守の再建と⁠木造の櫓の復元

1965年、明治初期の古写真をもとに天守の外観が再建されました。1990年に茶室麟閣が元の場所へ戻され、1998〜2000年には干飯櫓と⁠南走長屋が江戸時代の工法で木造復元されました。2011年には天守の屋根が赤瓦にふき⁠替えられています。[1][4][8][7]

この城の人びと

年表

  1. 葦名直盛が前身の館を⁠築いたといわれる[1][7]

  2. 蒲生氏郷の天守が完成し、鶴ヶ城と⁠名付けられる[1]

  3. 加藤嘉明・明成による大改修が終わる[1][7]

  4. 戊辰戦争で約1か月の籠城の末に開城[1]

  5. 石垣を残して建物がすべて取り壊される[1]

  6. 天守の外観を再建[1][7]

  7. 天守の屋根を赤瓦にふき替える[1][7]

建物と⁠遺構

天守の状態

外観を復元

1874年までに取り壊し。1965年に明治初期の古写真をもとに外観復元(鉄筋コンクリート造、城郭協会は「再建」)⁠。2011年に赤瓦へふき替え。

城全体のいま

約69,000坪⁠の⁠鶴⁠ヶ城城址公園⁠と⁠して整備され、天守(中は博物館)⁠、干飯櫓・南走長屋、茶室麟閣などがある。内堀より内側には戊辰戦争のころの縄張りがほぼ残る。本丸跡は芝生広場。

主な建物

外観を復元

天守

層塔型五層。中は若松城天守閣郷土博物館。[1][10]

木造で復元

干飯櫓・南走長屋

1998〜2000年⁠に江戸時代の工法で木造復元。干飯櫓は城内最大級の二階建て隅櫓で食料庫、走長屋は武器庫だった。[1][8]

移築して現存

茶室麟閣

明治に城下へ移されて保存され、1990年に城内の元の場所へ移築。[4]

移築して現存

御三階

本丸唯一の高層櫓。市内の阿弥陀寺に移築されて残る。[2]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
外観を復元外観は史料に基づいて復元。中は鉄筋コンクリート⁠の資料館など編集部記事
築城者
葦名直盛、蒲生氏郷、加藤明成日本城郭協会
築城
至徳(元中)元年(1384)⁠、文禄元年(1592)⁠、寛永16年(1639)日本城郭協会
主な城主
蘆名氏、蒲生氏、加藤氏、松平(保科)⁠氏日本城郭協会
廃城
1874年(明治7年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・堀・門・櫓・櫓台・曲輪・天守台・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(若松城跡)(1934年)編集部記事
名城選定
日本100名城 12番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城址公園は自由に散策できる。天守閣(博物館)⁠と⁠茶室麟閣は有料。日本100名城スタンプ⁠は鶴ヶ城売店の出入口にあり、天守閣の出口から売店に入れる。公園内への車の乗り入れは許可制。

住所

〒965-0873 福島県会津若松市追手町1-1[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

まちなか周遊バス「鶴ヶ城入口」(JR会津若松駅から⁠)まちなか周遊バス「ハイカラさん・あかべぇ」

徒歩約5分 · 登りなし

JR会津若松駅から周遊バスに乗り「鶴ヶ城入口」で降りて徒歩5分。高速バスの一部は「鶴ヶ城・合同庁舎」に停まる。[9][5]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

若松城天守閣郷土博物館(鶴ヶ城天守閣)
時間
8:30〜17:00(最終入場16:30)
休館・休み
無休
料金
大人410円、小人150円(30〜99名の団体は360円・135円)⁠。茶室麟閣との共通券520円、天守閣・麟閣・御薬園の三施設共通券730円。障がい者手帳の提示で本人無料[1][6]
確認日: 2026-10-03
茶室麟閣
時間
8:30〜17:00(入場16:30まで、抹茶の注文は16:00まで⁠)
休館・休み
無休
料金
抹茶一席600円(菓子付き)⁠。入場料は天守閣との共通券(大人520円)⁠で確認[4][1]
確認日: 2026-10-03
干飯櫓・南走長屋デジタルアート「鶴ヶ城光の歴史絵巻」
時間
8:30〜17:00(最終入場16:30)
休館・休み
未確認
料金
大人410円、小人150円(麟閣との共通券は大人520円)⁠。建物内は靴を脱いで入る[1]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

磐越自動車道会津若松ICから約15分。西出丸(普通車200台)⁠・東口(129台)⁠・南口(35台)⁠の有料駐車場があり、最初の1時間200円、以降1時間ごとに100円。[9][1][3]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認(天守は毎夜21時までライトアップ)[3]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
天守閣の博物館と⁠本丸をめぐって1時間半〜2時間、麟閣でお茶を飲むならさらに30分が目安
階段・坂・足もと
公園の園路は車いすでも通りやすく、西出丸・北出丸・三の丸からの入口は段差をなくしたスロープで本丸へ入れる。天守の中は階段のみ。[3][9]
車椅子・ベビーカー
園内の各トイレに多目的トイレがあり、東口・南口はオストメイト対応。車いすの無料貸出6台(観光案内所・各駐車場トイレ)⁠。各駐車場に障がい者用区画あり。麟閣はスロープ完備。天守閣内は階段のみ。[3]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
北出丸・西出丸・帯郭北(管理事務所北側)⁠・東口・南口の5か所。[3]
英語案内・音声ガイド
公式サイトに英語版がある。館内の英語表示は未確認。[1]
季節の楽しみ
公園には約1,000本⁠のソメイヨシノがあり、「桜の名所100選」に選ばれている。秋は紅葉、冬は雪の天守が見られる。[2]
撮影のルール
本丸内に会津若松市写真師協同組合⁠の撮影ブースがある。個人の撮影ルールは未確認。[3]
工事・休館・立入制限
2026年10月4日(日)⁠は会津若松市鶴⁠ヶ⁠城ハーフマラソン大会⁠のため、市中心部と⁠鶴ヶ城周辺で交通規制があり、時間帯によっては城へ行きにくい。[11]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守に上って城下町を見渡したい人、戊辰戦争と⁠会津藩の歴史に関心がある人、茶の湯や⁠石垣など城の細かな見どころを味わいたい人に向く。城めぐりがはじめての人でも楽しみやすい。

ここを見ると⁠面白い

まず外から赤瓦の天守と、天守台の野面積みの石垣を見る。天守の博物館で戊辰戦争の展示を見てから5層の展望室へ。外に出たら干飯櫓・南走長屋の木造復元の建物と、氏郷の時代の正面側の高石垣と⁠廊下橋、本丸南側のジグザグに積んだ石垣(横矢がかり)⁠をたどりたい。

訪ねる前に

天守は1965年の再建(鉄筋コンクリート)で、中は博物館。館内は階段のみ。2026年10月4日⁠はハーフマラソン⁠で周辺の道路が規制される。

楽しみかた

麟閣で抹茶を一服すると、蒲生氏郷と⁠千家の物語が身近になる。夜は毎晩21時まで天守がライトアップされるので、昼と⁠夜の両方を見比べるのもよい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    鶴ヶ城のご案内一般財団法人会津若松観光ビューローofficial確認日:
  2. 2
    鶴ヶ城城址公園一般財団法人会津若松観光ビューローofficial確認日:
  3. 3
    施設概要一般財団法人会津若松観光ビューローofficial確認日:
  4. 4
    茶室麟閣一般財団法人会津若松観光ビューローofficial確認日:
  5. 5
    アクセス一般財団法人会津若松観光ビューローofficial確認日:
  6. 6
    100名城スタンプ⁠のご案内一般財団法人会津若松観光ビューローofficial確認日:
  7. 7
    会津若松市の史跡一覧<国指定文化財> 若松城跡(鶴ヶ城)会津若松市municipal確認日:
  8. 8
    甦る鶴ヶ城干飯櫓の復元会津若松市municipal確認日:
  9. 9
    鶴ヶ城天守閣(国指定史跡・若松城跡)会津若松観光ナビtourism確認日:
  10. 10
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    鶴⁠ヶ⁠城ハーフマラソン大会⁠の交通規制について一般財団法人会津若松観光ビューローofficial確認日:
  12. 12
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    Wikipedia「若松城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  14. 14
    Wikidata Q1365061Wikidatawikidata確認日:
  15. 15
    OpenStreetMap way/24270507© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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