日本のお城アトラス

池田輝政

Ikeda Terumasa

関ヶ原の戦いのあと⁠姫路城主と⁠なった大名。1601年から城の大改築を始め、1609年に5重の大天守を中心と⁠する連立式天守を完成させた。いまの天守群は輝政の時代のもの。

読み
いけだてるまさ
生没年
1565–1613
伝承

エピソード

輝政の築城のとき、9年間仕事に打ち込んだ大工の棟梁・桜井源兵衛が、天守が東南に少し傾いていると⁠妻に言われて思い悩み、身を投げたと⁠いう言い伝えがある。実際に天守が東南へ傾いていたことは解体修理で確かめられたが、原因は石垣が⁠沈んだためだった、と⁠市⁠は紹介している。

ゆかりの⁠城

改修記録の出典: wikipedia

改修記録の出典: wikipedia

出典

  1. 1
    姫路城の歴史(姫路市)確認日:
  2. 2
    池田輝政(補助資料・Wikipedia日本語版)確認日: