ガスが先、湯があと
養老渓谷温泉は房総半島のほぼ中央、市原市と大多喜町の境を流れる養老川の上流にある。火山はない。1912年(大正元年)、個人宅の敷地から天然ガスが湧き出し、2年後の1914年、井戸から鉱泉が湧いた。この鉱泉をガスで加熱したのが黒湯の始まりと伝わる。源泉温度は19〜25℃と低く、焦げ茶色でとろみがあり、泉質は塩化物泉と炭酸水素塩泉。1970年の『全国温泉案内』に載った千葉の15温泉の一つで、観光と療養の両方の性格を持つ温泉として取り上げられた。2004年には千葉県の飲泉許可第一号を得ている。[2]
海の地層の黒い湯
千葉県の黒湯は、太古の海底に堆積した地層に由来するとされ、東京・大田区の黒湯と同じ仲間だ。火山の熱で温められた山の湯とは生まれ方が違い、低温で湧くため加温が前提になる。千葉県公式観光サイトは養老渓谷の湯を『焦げ茶色の黒湯(塩化物鉱泉)』と呼び、9軒の旅館・民宿で入れると紹介する。各宿や足湯施設は自家源泉を持ち、養老川沿いの散策路の途中でも源泉に触れられる。火山国の温泉と、海の記憶を持つ温泉。房総の渓谷でその違いを考えるのが、この温泉地の面白さだ。[3][2]
滝を見て、湯に入る
渓谷の奥、粟又の滝から上流800mの川沿いに日帰り温泉『滝見苑けんこう村ごりやくの湯』がある。大きな露天風呂と木の内風呂、食事処と休憩スペース。10:00〜18:00(最終入館17:00)、水曜休、大人1,200円・小学生800円・幼児600円、貸しタオル200円。養老渓谷駅からバス約15分、駐車場60台無料。粟又の滝は落差30m・長さ100mの房総随一の滝で、養老八景の一つ。滝沿いの遊歩道を歩いてから湯に入る順路が自然にできている。鴨川や勝浦の海からも1時間ほどで、海遊びのあとに渓谷の湯に寄る使い方もできる。[4][2]
トンネルの向こうの宿
小湊鉄道の養老渓谷駅には駅舎の中に足湯があり、列車を降りてすぐ黒湯に足を浸せる。駅から養老川沿いの遊歩道を歩くと、洞門が崩れて絶壁になった弘文洞跡を経て温泉郷へ。一軒だけ、狭いトンネルを通らなければ行けない川べりの宿『川の家』は、1988年に漫画家つげ義春が移住先を探す旅の途中で泊まり、随筆『貧困旅行記』に書いた。表通りの温泉には心が動かなかった彼が、川音と土を踏む足音しか聞こえない佇まいに惹かれたという。都心から約90分。宿は9軒、温泉街と呼べるものはなく、それがこの温泉郷の持ち味になっている。[2][3]