復元された外郭東門と、左右に延びる築地塀(2022年4月撮影)。奈良時代の創建期の姿をもとに1997年度に完成した。
掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

秋田県 · 秋田市

秋田城

あきたじょう

Akita Castle

秋田県秋田市

古代城柵続日本100名城 107番

この城らしさ

奈良時代の水洗トイレの土から、大陸から来た人がいた手がかりが見つかった、いちばん北の古代の城柵。

なぜ?

秋田城は733年に置かれた国の役所で、東北の城柵の中でいちばん北にありました。ここで見つかった奈良時代の水洗トイレの沈殿槽からは、ブタを食べる習慣がないと⁠感染しない寄生虫の卵が見つかりました。当時の日本にはブタを常食する人はいなかったため、使ったのは大陸の渤海から来た人々だった可能性が高いと⁠考えられています。[1][2]

見逃したくない3つ

01
外郭東門の正面(2011年10月撮影)。奥行き2間・横幅3間の八脚門で、屋根は瓦ぶき。掬茶CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

復元された外郭東門と⁠築地塀

見る場所
史跡公園の東側。資料館から公園へ歩いて数分
注目する部分
瓦をのせた八脚門と、土を突き固めて造った築地塀
ここが面白い
東門と⁠築地塀は、奈良時代の創建期の姿をもとに立体的に復元され、1997年度に完成しました。創建期には外郭約2.2kmの全周が瓦をのせた築地塀だったと⁠考えられています。土の塀は雪の多い土地には向きませんが、それでも造ったところに、国の威厳を見せることを大事にしたことが表れています。[3][4]
見られるか
外から見られる史跡公園は入園無料・年中入園可。
02
復元された古代水洗トイレの建物(2011年10月撮影)。8世紀中ごろに造られ、沼地へ向かう斜面を利用していた。掬茶CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

古代水洗トイレ

見る場所
東門を出た鵜ノ木地区、付属寺院の北東の隅、沼地の近く
注目する部分
復元された建物と、中の便槽から沼の方へ下る木の樋のしく⁠み
ここが面白い
建物の中に3つの便槽があり、木の樋で北の斜面(約6度)⁠へ流し、沼地の手前の沈殿槽で上澄みだけを沼へ流すしくみでした。8世紀中ごろに造られた奈良時代のものです。建物と⁠中の構造、水を流す設備がそろって見つかった例は、いまのところ秋田城だけです。[3][2][6]
見られるか
外から見られる内部も復元されていて、水を流す体験ができる(トイレと⁠しては使えない)⁠。クマの目撃があると、公園内の建物内部の公開が一時休止になることがある。
03
史跡公園に置かれた模型(2011年10月撮影)。秋田城の中心部、政庁の創建期(733〜770年ごろ)の姿を示す。掬茶CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

政庁跡と、⁠真南の鳥海山

見る場所
史跡公園の中心。資料館から徒歩約3分
注目する部分
正殿の跡と⁠前の広場。晴れた日には正殿の真南に鳥海山が見えることがある
ここが面白い
政庁は東西94m・南北77mに区切られた秋田城の中心で、正殿の前の広場では国内外からの使節を迎える儀式が行われました。発掘で6つの時期の移り変わりが分かっていて、公園では創建期の姿が示されています。南西の部分は明治時代の道路で削られて失われました。[3][1]
見られるか
外から見られる屋外で自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
秋田城跡歴史資料館前バス⁠停(秋田駅からバス約20分)から徒歩約2分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
市の目安は資料館40分、史跡公園60分。両方で1時間半〜2時間ほど。
料金
一般310円、団体(20名以上⁠)240円、年間観覧券460円、高校生以下無料
時間
9:00〜16:30
立入り
自由に見学できる

史跡公園は入園無料で、年中入れる。秋田城跡歴史資料館⁠は有料。続日本100名城スタンプ⁠は資料館(入館料が必要)⁠と⁠史跡公園管理棟(無料・9:00〜16:00、12月〜3月は閉鎖)⁠の2か所。クマの目撃があった場合、史跡公園では建物内部の公開や⁠ボランティアガイド⁠を一時休止することがある(資料館は原則開館)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

いちばん北の古代城柵

奈良時代から平安時代にかけて、国は蝦夷(えみし)⁠と⁠呼ばれた人々が暮らす東北各地に、役所と⁠軍の拠点を兼ねた「城柵」を置きました。秋田城はその中でもっとも北にあり、日本海側の出羽国の政治・軍事・文化の中心でした。本州の戦国の城や⁠江戸時代の城とは、成り立ちがまったく違います。[1]

02
史実

733年、高清水岡へ

733年(天平5年)⁠に秋田村の高清水岡へ移されたとき、この役所は「出羽柵(いではのき)⁠」⁠と⁠呼ばれていました。760年ごろから秋田城と⁠呼ばれるようになります。井戸から「天平六年」と⁠刻まれた木簡が見つかり、ここが秋田城だったことが⁠確かめられました。[1][2]

03
研究上の解釈

役所・軍・北の交易の窓口

秋田城では、戸籍づくりや⁠税の取り立てなど役所の仕事が行われ、兵士が常にいて治安を守っていました。さらに、北東北や⁠北海道の人々との交易、大陸の渤海国との外交の窓口でもあったと⁠考えられています。8世紀に渤海から来た使節13回のうち6回は出羽国に着いたと⁠いう記録があります。[1]

04
史実

元慶の乱と⁠城柵の終わり

平安時代の878年、蝦夷の人々による元慶の乱が起こりました。秋田城はその後も10世紀の中ごろまで役所と⁠して働きましたが、10世紀後半には城柵と⁠しての役目を失いました。その後も「秋田城介(あきたじょうのすけ)⁠」⁠と⁠いう役職名は残り、鎌倉時代以降は北を守る名誉ある武家の肩書きになりました。[1]

05
史実

地下に残った1200年前の記録

建物は地上に⁠残っていませんが、地下からは漆が付いて残った紙の文書(漆紙文書)⁠や木簡、武具、瓦など多くの品が⁠見つかっています。秋田城は当時日本でいちばん北の瓦ぶきの施設でした。政庁の南西の部分は、明治時代につくられた道路で削られて失われています。[2][3]

06
史実

発掘と⁠史跡公園づくり

城跡は1939年に国の史跡になり、1978年に範囲が広げられました。1959〜1962年⁠は国が、1972年からは秋田市が発掘を続けています。1989年度からは発掘の成果をもとに史跡公園と⁠して整備され、東門や⁠築地塀、水洗トイレなどが復元されました。2017年に続日本100名城⁠に選ばれています。[1][3][5]

年表

  1. 出羽柵が秋田村高清水岡⁠に移される[1]

  2. ごろ

    秋田城と⁠呼ばれるようになる[1]

  3. 元慶の⁠乱[1]

  4. 10世紀後半

    城柵と⁠しての役目を終える[1]

  5. 国の史跡に指定(1978年追加指定)[1]

  6. 年度

    外郭東門の復元が完成[3]

  7. 続日本100名城⁠に選ばれる[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

奈良・平安時代の役所を兼ねた古代城柵で、天守はもともとない(城郭協会の一覧でも天守は「−」)⁠。

城全体のいま

城跡の一部が史跡公園と⁠して整備され、政庁跡・外郭東門・築地塀・古代水洗トイレなどが復元されている。そばに秋田城跡歴史資料館⁠がある。史跡の指定面積は約90ヘクタール。外郭は東西・南北とも約550mのゆがんだ四角形。

主な建物

再建(復興)

外郭東門・築地塀

発掘成果をもとに創建期の姿で立体復元。東門は1997年度完成。[3]

再建(復興)

古代水洗トイレ

8世紀中ごろの遺構をもとに、建物と⁠内部を復元。[3]

跡地のみ

政庁

創建期の姿を平面で示している。南西部は明治時代の道路で削られた。[3]

基本データ

種類
古代城柵古代の朝廷が東北に置いた役所と⁠砦
時代
古代編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
律令国家日本城郭協会
築城
天平5年(733)日本城郭協会
廃城
11世紀頃Wikipedia
見られる遺構
曲輪・⁠門編集部記事
文化財指定
国史跡(秋田城跡)(1939年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 107番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

史跡公園は入園無料で、年中入れる。秋田城跡歴史資料館⁠は有料。続日本100名城スタンプ⁠は資料館(入館料が必要)⁠と⁠史跡公園管理棟(無料・9:00〜16:00、12月〜3月は閉鎖)⁠の2か所。クマの目撃があった場合、史跡公園では建物内部の公開や⁠ボランティアガイド⁠を一時休止することがある(資料館は原則開館)⁠。

住所

〒011-0907 秋田県秋田市寺内焼山9番6号(秋田城跡歴史資料館)[4]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

秋田城跡歴史資料館前バス⁠停(秋田駅からバス約20分)JR秋田駅前5番乗⁠り場から秋田中央交通「将軍野線」または「寺内経由土崎線」

徒歩約2分 · 未確認

バス停から資料館まで徒歩2分、史跡公園まで徒歩3分。[4]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

秋田城跡歴史資料館
時間
9:00〜16:30
休館・休み
年末年始(12月29日〜1月3日)
料金
一般310円、団体(20名以上⁠)240円、年間観覧券460円、高校生以下無料[4]
確認日: 2026-10-03
史跡公園(秋田城跡)
時間
年中入園可。管理棟は9:00〜16:00
休館・休み
管理棟は12月〜3月閉鎖
料金
無料[4][5]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

秋田自動車道秋田北ICから約15分。駐車場は史跡公園管理棟側40台・資料館側40台(大型バス可)⁠。[4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
史跡公園は年中入園可(時間の定めは未確認)[4]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
市の目安は資料館40分、史跡公園60分。両方で1時間半〜2時間ほど。
階段・坂・足もと
未確認
車椅子・ベビーカー
障害者手帳などを持つ人と⁠介助者1名は資料館の観覧料が無料。施設のバリアフリー設備⁠は未確認。[4]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
秋田市の公式サイトに機械翻訳の英語表示がある。館内・公園の英語案内は未確認。[6]
季節の楽しみ
晴れた日には政庁の正殿の真南に鳥海山が見えることがある。[3]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
史跡公園では4月1日〜11月30日⁠の9:00〜16:00、ボランティアガイド⁠が管理棟に待機している(無料・個人は予約不要、団体は5日前までに申し込み)⁠。2026年10月時点⁠の市の一覧では、資料館・史跡公園とも見学と⁠ガイドを実施中。[3][4][6]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

古代の東北や、海を越えた交流に興味がある人に向く。侍の城とはまったく違う「国の役所と⁠しての城」を、復元された門や⁠塀と⁠出土品の両方から⁠知ることができる。

ここを見ると⁠面白い

まず資料館で「天平六年」の木簡や⁠漆紙文書、赤外線カメラで文字を読む展示を見てから公園へ。東門と⁠築地塀で国の威厳を感じ、水洗トイレで大陸とのつながりを確かめたい。

訪ねる前に

建物はすべて発掘成果をもとにした復元。クマの目撃があると⁠公園の建物内部が閉まることがあるので、行く前に秋田市のお知らせを確認したい。スタンプを公園で押す場合は⁠冬(12〜3月)⁠は管理棟が閉まる。

楽しみかた

政庁跡では正殿の跡から真南を向いてみよう。晴れていれば鳥海山が見えることがある。ボランティアガイド⁠は個人なら予約なしで頼める。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    秋田城とは秋田市立秋田城跡歴史資料館official確認日:
  2. 2
    資料館内のご案内秋田市立秋田城跡歴史資料館official確認日:
  3. 3
    史跡公園のご案内秋田市立秋田城跡歴史資料館official確認日:
  4. 4
    利用案内秋田市立秋田城跡歴史資料館official確認日:
  5. 5
    「続日本100名城」認定と⁠スタンプラリー⁠について秋田市立秋田城跡歴史資料館official確認日:
  6. 6
    秋田市立秋田城跡歴史資料館(トップ・クマ対応一覧)秋田市municipal確認日:
  7. 7
    城郭検索(続日本100名城 107 秋田城)公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    Wikipedia「秋田城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  10. 10
    Wikidata Q11595283Wikidatawikidata確認日:
  11. 11
    OpenStreetMap node/2501411119© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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