高梁浩洋CC0Wikimedia Commonsこの
全国に12ある江戸時代からの天守のうち、ただひとつ山の上に立つ天守。
見逃したくない3つ
訪問の目安
- 最寄り駅
- JR備中高梁駅
から 徒歩約90分 - 登り
- 急な
登り - 所要時間の
目安 編集部の目安 - 公式の
目安は 約2時間 (ふい ご峠からの 往復徒歩を 含む) - 料金
- 大人500円、
小中学生200円 (30人以上 1割引、 100人以上 2割引)。 共通券 「備中高梁探訪」 三館1,000円・ 五館1,500円も ある - 時間
- 4〜9月 9:00〜17:30
(入城は 17:00まで)、 10〜3月 9:00〜16:30 (入城は 16:00まで) - 立入り
- 自由に
見学できる 天守は
有料で 内部も 見学できる。 二重櫓の 内部は 年に 数回の 特別公開のみ。 天守へは 車道の 終点ふい ご峠から 山道を 徒歩約20分 (約700m)。 100名城 スタンプは 天守に ある。
確認日:
この城の物語
山全体が砦になった備中兵乱
城の
山の上だったから残った
1868年の
町の人が瓦を担いで直した天守
放置された
この城の人びと
1681〜83年に
水谷勝宗
Mizunoya Katsumune
1623–1689
備中松山藩の
藩の
山田方谷
Yamada Hokoku
1805–1877
幕末の
築城
小堀遠州
Kobori Enshū
1579–1647
城主
高橋氏
Takahashi
城主
毛利氏
Mōri clan
城主
石川氏
Ishikawa clan
城主
板倉氏
Itakura clan
改修
三村元親
Mimura Motochika
1550–1575
年表
建物と遺構
天守の
現存天守
現存12天守の
城全体の
臥牛山の
主な建物
天守
二重櫓
三の平櫓東土塀
現存する
厩曲輪土塀
もう
本丸南御門・東御門・腕木御門・五の平櫓・六の平櫓など
1997年に
御根小屋(藩主の屋敷)
ふもとに
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 山城山の
上に 編集部記事築いた城。 登りが ある - 時代
- 中世・
近世 編集部記事 - 天守の
状態 - 現存天守江戸時代以前に
建てられた 編集部記事天守が 今も 残る - 築城者
- 秋庭重信、
小堀遠州、 日本城郭協会水谷勝宗 - 築城
- 延応2年
(1240)、 日本城郭協会慶長10年 (1605) 頃、 天和3年 (1683) - 主な
城主 - 秋庭氏、
高橋氏、 日本城郭協会上野氏、 三村氏、 毛利氏、 小堀氏、 水谷氏、 石川氏 - 廃城
- 明治7年
(1874年) Wikipedia - 見られる
遺構 - 櫓・
櫓台・ 編集部記事石垣・ 土塁・ 門・ 曲輪・ 天守台 - 文化財指定
- 国史跡
(備中松山城跡)、 編集部記事国重要文化財 (天守・ 二重櫓・ 三の 平櫓東土塀) (1941年) - 名城選定
- 日本100名城 68番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に天守は
住所
〒716-0004 岡山県高梁市内山下1[3]
確認日: 2026-10-03最寄り駅と行き方
徒歩約90分 · 急な
駅から
開館時間・料金
- 時間
- 4〜9月 9:00〜17:30
(入城は 17:00まで)、 10〜3月 9:00〜16:30 (入城は 16:00まで) - 休館・
休み - 12月29日〜1月3日
車・駐車場
賀陽ICから
歩きかたの例
ふいご峠から天守へ約2時間の登城コース 120分
- ふい
ご峠から 山道を 登る - 中太鼓櫓跡の
石垣で 一息つき、 城下町を 見下ろす - 大手門跡で、
自然の 岩と石垣の 組み合わせを 見る - 左に
曲がって 三の 平櫓東土塀 (重要文化財)を 見る - 三の
丸から 段々に 重なる 石垣を 見上げる - 御膳棚を
過ぎ、 城内で いちばん古い 野面積みの 石垣を 見る - 二の
丸から 本丸と天守を 眺める - 本丸南御門を
くぐって 天守に 入る - 天守の
裏へ 回り、 二重櫓を 下から 見上げる - 足もとに
気を つけて ふい ご峠へ 戻る
時間は
周辺の楽しみ
庭園
頼久寺庭園
小堀遠州が
体験
備中松山城雲海展望台
雲海に
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
江戸時代
ここを見ると面白い
天守だけでなく、
訪ねる前に
車道の
楽しみかた
登る
写真
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異説・未確認の点
- 「現存天守を
持つ唯一の 山城」は、 公式サイトと高梁市の 説明に よる。 - 標高は、
天守の ある 小松山を 約430m、 臥牛山全体を 約480m (公式)・ 487m (Wikipedia)と する 資料が ある。 - 1941年の
指定は 当時の 国宝保存法に よる 「国宝」で、 いまの 法律では 重要文化財に あたる。 国史跡の 指定年は 確認 できなかった。 - 2026年9月
からの 有料化に ついて、 高梁市は 「城見橋公園駐車場」、 観光協会は 「ふい ご峠駐車場」と書いている。 登城整理料の 改定日も 市は 9月1日、 観光協会は 9月5日と違う。 行く 前に 公式で 確認を。 - 備中兵乱での
落城、 小堀遠州に よる 改修、 1939年に 子ども たちが 瓦を 運んだ話は 「伝えられる」と されている。
出典
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