本丸の全景。右奥が江戸時代から残る天守、手前は1997年に復元された平櫓や門・土塀(2026年撮影)。
高梁浩洋CC0Wikimedia Commons

岡山県 · 高梁市

備中松山城

びっちゅうまつやまじょう

Bitchū Matsuyama Castle

岡山県高梁市

城山城日本100名城 68番

この城らしさ

全国に12ある江戸時代からの天守のうち、ただひとつ山の上に立つ天守。

なぜ?

江戸時代から天守が残る城は全国に12ありますが、そのうち山城は備中松山城だけです。明治の廃城令で多くの城の建物が壊されましたが、この城は山の上で不便だったため、天守や⁠櫓がそのまま放置されて残りました。いまは天守と⁠二重櫓、土塀の一部が国の重要文化財です。[1][4][5]

見逃したくない3つ

01
岩盤の上に石垣を積み、その上に建つ天守(2026年4月撮影)。正面の唐破風が目を引く。高梁浩洋CC0Wikimedia Commons

囲炉裏のある現存天守

見る場所
本丸。本丸南御門をくぐると⁠正面
注目する部分
自然の岩盤の上に積んだ石垣と、その上の2層2階の天守。中の囲炉裏、装束の間、2階の御社壇
ここが面白い
高さ約11mと⁠小さな天守ですが、岩を削り出した台の上に建つので見上げると⁠大きく見えます。1階には天守では珍しい囲炉裏があり、立てこもるときに城主一家が過ごす「装束の間」は床下に石を詰めて⁠忍⁠び⁠込めないようにしていました。2階には城を守る神をまつる御社壇が残ります。[4][6][7]
見られるか
外から見られる内部も公開(有料)⁠。ふいご峠から山道を徒歩約20分。
02
大きな自然の岩と、その上に積まれた石垣(2026年4月撮影)。臥牛山の岩をそのまま城の守りに使っている。高梁浩洋CC0Wikimedia Commons

岩と⁠石垣が組み合わさる大手門⁠跡

見る場所
登城道の途中、天守の手前。中太鼓櫓跡を過ぎた⁠先
注目する部分
門の右側の大きな自然の岩と、それにつなげて積まれた石垣。高さ10mをこえる岩壁
ここが面白い
臥牛山は大きな岩の多い山で、城はその岩をそのまま守りに取り込んで造られました。大手門は入ると⁠すぐ左に曲がる造りで、まっすぐには進めません。いまは門の建物はありませんが、岩と⁠石垣がつくる景色に山城の迫力がよく出ています。[3][7]
見られるか
外から見られる登城道から見られる。
03
三の平櫓東土塀(国重要文化財・2008年8月撮影)。江戸時代から残る数少ない土塀。震天動地CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

江戸時代から残る土塀

見る場所
大手門跡を入って左に曲がった正面
注目する部分
白い漆喰の土塀と、鉄砲や⁠矢を撃つための狭間(さま)⁠の並び。現存部分と⁠復元部分の境目にある段差
ここが面白い
三の平櫓東土塀は、土の塊を積んで芯にし、外に漆喰を塗った塀で、国の重要文化財です。城の土塀で重要文化財になっているものはほとんどありません。続きの土塀はこの現存部分をお手本に復元されたので、境目を探しながら⁠見比べられます。[6][7]
見られるか
外から見られる登城道から見られる。

訪問の目安

最寄り駅
JR備中高梁駅から徒歩約90分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
公式の目安は約2時間(ふいご峠からの往復徒歩を含む)
料金
大人500円、小中学生200円(30人以上1割引、100人以上2割引)⁠。共通券「備中高梁探訪」三館1,000円・五館1,500円⁠もある
時間
4〜9月 9:00〜17:30(入城は17:00まで⁠)⁠、10〜3月 9:00〜16:30(入城は16:00まで⁠)
立入り
自由に見学できる

天守は有料で内部も見学できる。二重櫓の内部は年に数回の特別公開のみ。天守へは車道の終点ふいご峠から山道を徒歩約20分(約700m)⁠。100名城スタンプ⁠は天守にある。

確認日:

この城の物語

01
史実

山陰と⁠山陽を結ぶ要の⁠山

高梁の町は、山陰と⁠山陽を結ぶ道と⁠東西の街道が交わる大事な場所でした。そのため戦国時代には城の奪い合いが絶えず、城主が何度も⁠入れかわりました。城の始まりは鎌倉時代の1240年で、有漢郷の地頭・秋庭重信が臥牛山の北の峰・大松山に砦を築いたのが最初と⁠されます。[3][5]

02
伝承

山全体が砦になった備中兵乱

城の中心はのちに南の峰・小松山へ移りました。1574年の備中兵乱では、城主の三村元親が臥牛山のまわりに21もの砦を⁠築いたとされますが、毛利軍の兵糧攻めで落城したと⁠伝わります。翌1575年からは毛利輝元が城主と⁠なり、毛利氏が東へ勢力を広げる拠点になりました。[5]

03
史実

水谷勝宗がいまの天守の姿に

関ヶ原の戦いのあと、幕府の奉行と⁠して小堀正次・政一(遠州)⁠の親子が入り、城の手直しをしたと⁠伝えられます。1642年に水谷家が城主になり、2代目の水谷勝宗が1681年から3年かけて城を大きく修築しました。いまの天守の姿はこのときのものと⁠されます。[4][5][3]

04
史実

山の上だったから残った

1868年の戊辰戦争で、幕府の老中を務めた藩主・板倉勝静の備中松山藩は新政府の敵と⁠されました。藩の重臣・山田方谷らは戦いを避けて城を明け渡し、城も守られました。1873年の廃城令では、ふもとの藩主の屋敷・御根小屋は壊されましたが、山の上の天守や櫓、門は不便な場所にあったため放置され、残りました。[5]

05
史実

町の人が瓦を担いで直した天守

放置された城は昭和のはじめには⁠崩れかけていました。高梁中学校の先生・信野友春が何度も山に登って測量し、記録を本にまとめたことをきっかけに、地元の人たちが「高梁保勝会」をつくりました。1939年の「昭和の大改修」では、小学生や⁠中学生、女学生が約2万枚の瓦を山頂まで運んだと⁠伝わります。その後、1997年に本丸の門や櫓、土塀が復元され、2003年に天守の保存修理が行われました。[5]

この城の人びと

年表

  1. 秋庭重信が大松山に砦を築く(城の始まり⁠)[5]

  2. 備中兵乱のあと⁠毛利輝元が城主になる[5]

  3. 水谷勝宗の大修築が完成。いまの天守の姿に[4][6]

  4. 廃城令。ふもとの御根小屋は壊され、山上の建物は残る[5]

  5. 「昭和の大改修」で天守を解体修理[5]

  6. 天守・二重櫓・土塀が国の文化財に指定される[5][10]

  7. 本丸南御門・五の平櫓・六の平櫓などを復元[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

現存天守

現存12天守のひとつで、山城では唯一。2層2階、高さ約11m。1683年に水谷勝宗の修築でいまの姿になったとされる。

城全体のいま

臥牛山の小松山(標高約430m)⁠の山頂に、天守・二重櫓・土塀の一部が江戸時代のまま残り、本丸の門や⁠櫓は1997年に復元された。山全体に中世の砦の跡も残る。ふもとの御根小屋跡は高校の敷地。

主な建物

現存国重要文化財

天守

1683年ごろの建物。1939年と⁠2003年に修理。内部公開。[4][5]

現存国重要文化財

二重櫓

天守の裏に建つ。城内で2階建ての櫓はこれだけ。内部は年に数回の特別公開のみ。[4][7]

現存国重要文化財

三の平櫓東土塀

現存する土塀。続く部分は現存部分にならって復元。[4]

現存

厩曲輪土塀

もう1か所の現存する土塀。[4]

再建(復興)

本丸南御門・東御門・腕木御門・五の平櫓・六の平櫓など

1997年に復元(工法の詳細は未確認)⁠。[5]

現存しない

御根小屋(藩主の屋敷)

ふもとにあった。明治に壊され、いまは高校の敷地。[5]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
現存天守江戸時代以前に建てられた天守が今も残る編集部記事
築城者
秋庭重信、小堀遠州、水谷勝宗日本城郭協会
築城
延応2年(1240)⁠、慶長10年(1605)頃、天和3年(1683)日本城郭協会
主な城主
秋庭氏、高橋氏、上野氏、三村氏、毛利氏、小堀氏、水谷氏、石川氏日本城郭協会
廃城
明治7年(1874年)Wikipedia
見られる遺構
櫓・櫓台・石垣・土塁・門・曲輪・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(備中松山城跡)⁠、国重要文化財(天守・二重櫓・三の平櫓東土塀)(1941年)編集部記事
名城選定
日本100名城 68番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

天守は有料で内部も見学できる。二重櫓の内部は年に数回の特別公開のみ。天守へは車道の終点ふいご峠から山道を徒歩約20分(約700m)⁠。100名城スタンプ⁠は天守にある。

住所

〒716-0004 岡山県高梁市内山下1[3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR備中高梁駅JR伯備線

徒歩約90分 · 急⁠な登り

駅から歩いて登ると⁠天守まで約1時間30分(遊歩道入口→ふいご峠→天守)⁠。タクシーなら駅からふいご峠まで行き、そこから徒歩約20分。[8]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

備中松山城天守
時間
4〜9月 9:00〜17:30(入城は17:00まで⁠)⁠、10〜3月 9:00〜16:30(入城は16:00まで⁠)
休館・休み
12月29日〜1月3日
料金
大人500円、小中学生200円(30人以上1割引、100人以上2割引)⁠。共通券「備中高梁探訪」三館1,000円・五館1,500円⁠もある[2][3]
確認日: 2026-10-03
登城整理バス(城まちステーション〜ふいご峠)
時間
混雑に応じて運行する日がある。4〜9月 8:45〜17:45(登り最終16:30)⁠、10〜3月 8:45〜16:45(登り最終15:30)⁠、約15分間隔
休館・休み
運行日は公式サイトのカレンダーで確認
料金
2026年9月5日から大人600円、小中学生300円(往復。小学生未満無料)[11][12]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

賀陽ICから約20分、有漢ICから約25分。混雑時は城見橋公園(城まちステーション)⁠の駐車場(110台)⁠に停め、登城整理バスでふいご峠へ。バスが運休の日は、ふいご峠駐車場(14台)まで車で上がれる。2026年9月から駐車場が有料化(普通車1,000円・二輪500円)⁠。大型・中型バスはふいご峠に入れない。[2][3][8][12][16]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
天守の開城時間を参照[2]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安
公式の目安は約2時間(ふいご峠からの往復徒歩を含む)
階段・坂・足もと
ふいご峠から天守まで約700mの山道。整備されているが滑りやすい所があるので、歩きやすい靴で。[3][8]
車椅子・ベビーカー
未確認(天守までは山道を歩く必要がある⁠)[8]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
城内のトイレは御膳棚のところに1か所だけ(2014年の市の案内)⁠。[7]
英語案内・音声ガイド
公式サイトに英語ページがある。館内の英語表示は未確認。[1]
季節の楽しみ
秋は大手門付近の木々が紅葉する。条件がそろうと⁠雲海に浮かぶ姿が見られ、別の峰にある雲海展望台から眺める。[3][13]
撮影のルール
未確認。城にいる猫城主「さんじゅーろー」はフラッシュ撮影禁止。[14]
工事・休館・立入制限
伐採工事のため、遊歩道「高梁高校上〜ふいご峠」が2026年10月12日〜16日、11月16日〜20日、11月23日〜27日⁠の終日通行止め(迂回路あり。天守には入れる)⁠。[15]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

ふいご峠から天守へ約2時間の登城コース 120分

  1. ふいご峠から山道を登る
  2. 中太鼓櫓跡の石垣で一息つき、城下町を見下ろす
  3. 大手門跡で、自然の岩と⁠石垣の組み合わせを見る
  4. 左に曲がって三の平櫓東土塀(重要文化財)⁠を見る
  5. 三の丸から段々に重なる石垣を見上げる
  6. 御膳棚を過ぎ、城内でいちばん古い野面積みの石垣を見る
  7. 二の丸から本丸と⁠天守を眺める
  8. 本丸南御門をくぐって天守に入る
  9. 天守の裏へ回り、二重櫓を下から見上げる
  10. 足もとに気をつけてふいご峠へ戻る

時間は公式の目安(ふいご峠からの往復徒歩を含む)⁠。順番は高梁市の見どころ案内による。

周辺の楽しみ

庭園

頼久寺庭園

小堀遠州が仮の館とした頼久寺に作ったと⁠伝わる枯山水の庭「鶴亀の庭」。国の名勝。共通券「備中高梁探訪」の対象施設。[5][2]

確認日: 2026-10-03

体験

備中松山城雲海展望台

雲海に浮かぶ城を眺める展望台。天守とは別の峰にあり、賀陽ICから車で約15分、高梁駅からタクシーで約20分。[13]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

江戸時代そのままの天守を見たい人、山歩きが苦にならない人、雲海の景色を見たい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

天守だけでなく、天守を支える岩盤、大手門跡の岩壁と⁠石垣、現存の土塀に注目したい。山の地形そのものを城にしたことが、歩くと⁠よく分かる。天守の中では囲炉裏と⁠装束の間、2階の御社壇を見逃さないように。

訪ねる前に

車道の終点ふいご峠から先は山道を約20分歩く。登城整理バスが走る日はふいご峠まで車で行けない。2026年9月から駐車場と⁠バスの料金が変わり、10〜11月には遊歩道の一部通行止めの日がある。天守の入城は閉城の30分前まで。

楽しみかた

登る途中の中太鼓櫓跡や⁠二の丸で振り返ると、高梁の町と⁠川が見下ろせる。雲海を見たいなら、城に登るのではなく雲海展望台へ。運がよければ猫城主「さんじゅーろー」にも会える(10時と⁠14時ごろに城内を見回り)⁠。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    備中松山城公式サイトトップ一般社団法人高梁市観光協会official確認日:
  2. 2
    ご利用案内備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  3. 3
    備中松山城(2026年8月21日更新)高梁市municipal確認日:
  4. 4
    備中松山城の重要文化財高梁市municipal確認日:
  5. 5
    知る(備中松山城の歴史)備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  6. 6
    天守見どころ備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  7. 7
    備中松山城の見どころ高梁市municipal確認日:
  8. 8
    アクセス(備中松山城)備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  9. 9
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    備中松山城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  11. 11
    登城整理バス備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  12. 12
    登城整理料値上改定⁠について(2026年8月9日)備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  13. 13
    アクセス(展望台)備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  14. 14
    猫城主さんじゅーろー⁠について備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  15. 15
    備中松山城遊歩道⁠の通行止めについて<高梁高校上-ふいご峠間>(2026年9月23日)備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  16. 16
    【重要】駐車場有料化⁠に関するご案内(2026年8月4日)備中松山城(高梁市観光協会)official確認日:
  17. 17
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  18. 18
    Wikipedia「備中松山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  19. 19
    Wikidata Q577273Wikidatawikidata確認日:
  20. 20
    OpenStreetMap way/323418326© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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