城の中心となった月山(標高約190m)(2006年8月撮影)。山頂に本丸・二ノ丸・三ノ丸があった。
MonadoCC BY-SA 2.5Wikimedia Commons

島根県 · 安来市

月山富田城

がっさんと⁠だじょう

Gassantoda Castle

島根県安来市

城山城日本100名城 65番

この城らしさ

山の中腹の御殿から山頂までは、上から狙われながら登る急な「七曲り」一本。尼子氏が守った難攻不落の山城だ。

なぜ?

月山富田城は、菅谷口・御子守口・塩谷口の3方向からしか攻め上がれない山城です。下の段が破られても中腹の山中御殿で守り、そこが落ちても山頂の月山に登って守るしくみで、山中御殿から山頂へは七曲りと⁠いう険しい道しかありません。安来市観光協会は、山頂まで攻められたことは一度もないと⁠紹介しています。[1]

見逃したくない3つ

01
城主の館があったとみられる山中御殿の跡(2006年6月撮影)。ReggaemanCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

山中御殿と⁠大土塁

見る場所
月山の中腹。菅谷口・塩谷口からの道が最後に行きつく場所
注目する部分
石垣に囲まれた広い平地、直角に曲がる石垣の出入口(虎口)⁠、西側の高さ約7m・⁠長⁠さ約130mの大土塁と⁠空堀
ここが面白い
城主の館があったと⁠みられる、城でもっとも大事な場所の一つです。どの登り口から来ても最後はここに集まるようにつくられ、入口の石垣は直角や⁠左右に折れて、まっすぐ⁠入れないようになっています。[1][2]
見られるか
外から見られる史跡公園と⁠して誰でも自由に入れる。
02
山中御殿から山頂へ上る七曲り(2006年6月撮影)。ReggaemanCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

山頂へ続く七曲り

見る場所
山中御殿から月山の山頂(本丸・二ノ丸・三ノ丸)⁠へ上る⁠道
注目する部分
曲がりくねった急な坂道と、道の両わきの曲輪
ここが面白い
上から攻撃されると⁠攻め上がれない険しい道で、両わきの曲輪からも攻撃できるつくりです。登りきると⁠三ノ丸・二ノ丸・本丸が続き、二ノ丸と⁠本丸の間には堀切があります。[1][5]
見られるか
外から見られる歩いて登れる。急な道なので歩きやすい靴で。
03
太鼓壇に立つ山中鹿介の像(2006年6月撮影)。尼子家の再興に力をつくした武将。ReggaemanCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

太鼓壇の山中鹿介像

見る場所
城下に近い曲輪の一つ、太鼓壇
注目する部分
尼子家の再興のために戦った山中鹿介(幸盛)⁠の銅像
ここが面白い
太鼓壇は、時を知らせる太鼓櫓があったとされる場所で、尼子時代には太鼓で時を告げ、非常時には兵を集める合図を送ったと⁠伝わります。1566年に城が毛利氏に明け渡されたあとも、鹿介は尼子家を立て直そうと⁠戦い続けました。[1]
見られるか
外から見られる自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
JR安来駅から
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから山頂の本丸まで回るなら2時間ほど(観光ボランティアガイド⁠の登山コースは120分)
料金
未確認(入館料が必要)
時間
9:30〜17:00
立入り
自由に見学できる

史跡公園と⁠して常時開放、年中無休。誰でも自由に入れる。催し物や⁠営利目的の撮影、ドローンの飛行は安来市への申請が必要。日本100名城スタンプ⁠はふもとの安来市立歴史資料館⁠にある(休館日は玄関前に置かれる)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

月山と⁠飯梨川がつくる天然の要害

月山富田城は、標高約190mの月山を中心に、飯梨川に向かって馬のひづめのような形に広がる大きな山城です。山頂に中心と⁠なる曲輪を置き、尾根の上に大小およそ500の曲輪を並べました。城下の向こうの飯梨川も、天然の堀の役目を⁠果たしていました。始まりは平安時代ともいわれますが、はっきりしません。[1][4]

02
史実

尼子氏の本拠地

1486年、尼子経久が富田城を取り戻し、ここを拠点に勢力を広げました。孫の尼子晴久は1552年に山陰・山陽8か国の守護に任じられ、1556年には石見銀山を手に入れています。月山富田城は戦国時代の山陰の政治と⁠経済の中心でした。[1]

03
史実

兵糧が尽きて毛利氏に開城

1565年、毛利元就が富田城を包囲しました。城は力では⁠落ちませんでしたが、翌1566年、食料が尽きた尼子義久は毛利氏に降り、城を明け渡しました。その後、山中鹿介らが尼子家の再興を目指して出雲に⁠攻⁠め⁠込みましたが、1570年の戦いで敗れました。[1]

04
史実

石垣の城になり、そして廃城へ

1591年に城主と⁠なった吉川広家は、主な場所に石垣を築き、瓦ぶきの櫓や⁠土塀を建てて、中世の城から近世の城へと⁠大きく変えました。関ヶ原の戦いのあと⁠堀尾氏が城主になりましたが、1611年に堀尾氏が新しく築いた松江城へ移ると、月山富田城は廃城と⁠なりました。建物は⁠残っていませんが、曲輪や⁠石垣、土塁がよく残っています。[1][5]

05
史実

史跡公園と⁠して整備

1934年に「富田城跡」と⁠して国の史跡になり、2006年に日本100名城、2018年には日本遺産「出雲國たたら風土記」の構成文化財にも選ばれました。安来市は城跡を史跡公園と⁠して整え、誰でも自由に入れるようにしています。花ノ壇には侍所の一部が復元され、休憩所と⁠して使われています。[1][2][3]

この城の人びと

年表

  1. 尼子経久が富田城を取り戻す[1]

  2. 兵糧が尽き、尼子義久が毛利氏に開城[1]

  3. 吉川広家が城主と⁠なり、石垣の城に改める[1]

  4. 堀尾氏が松江城に移り、廃城と⁠なる[1]

  5. 国の史跡「富田城跡」に指定[3][1]

  6. 日本100名城⁠に選ばれる[1]

建物と⁠遺構

天守の状態

確認中

城郭協会の一覧で天守の欄は「−」。天守の記録は確認できなかった。山頂部の曲輪では櫓の跡が見つかっている。

城全体のいま

月山一帯が史跡公園と⁠して整備され、誰でも自由に入れる。建物はなく、曲輪・石垣・土塁・堀切などが残る。花ノ壇に侍所の一部が復元されている。ふもとに安来市立歴史資料館⁠がある。

主な建物

再建(復興)

花ノ壇の侍所

掘立柱の建物跡にもと⁠づき一部を復元。休憩施設と⁠して公開。[1]

跡地のみ

山中御殿

石垣に囲まれた曲輪が残る。[1]

跡地のみ

千畳平の⁠櫓

張り出しのある大きな石垣が残り、鯱瓦などが出土。櫓があったと⁠考えられている。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
確認中天守の有無・状態は確認中編集部記事
築城
平安時代?日本城郭協会
主な城主
尼子氏、毛利氏、吉川氏、堀尾氏日本城郭協会
廃城
1611年(慶長16年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・曲輪・堀切・井戸・土塁・虎口・⁠堀編集部記事
文化財指定
国史跡(富田城跡)(1934年)⁠、日本遺産「出雲國たたら風土記」構成文化財(2018年)編集部記事
名城選定
日本100名城 65番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

史跡公園と⁠して常時開放、年中無休。誰でも自由に入れる。催し物や⁠営利目的の撮影、ドローンの飛行は安来市への申請が必要。日本100名城スタンプ⁠はふもとの安来市立歴史資料館⁠にある(休館日は玄関前に置かれる)⁠。

住所

〒692-0403 島根県安来市広瀬町富田[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR安来駅JR山陰本線

急な登り

駅からイエローバス「広瀬〜米子線」で「月山入口」下車、徒歩1分。そこから城跡は山道を登る。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

安来市立歴史資料館
時間
9:30〜17:00
休館・休み
毎週火曜日(祝日の場合は翌日)
料金
未確認(入館料が必要)[1][6]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

安来ICから約15分。無料駐車場は広瀬絣センター(普通車44台・大型車2台)⁠と安来市立歴史資料館(普通車10台)⁠。[1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
常時開放・年中無休[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから山頂の本丸まで回るなら2時間ほど(観光ボランティアガイド⁠の登山コースは120分)
階段・坂・足もと
本格的な山城で、山中御殿から山頂までの七曲りは急な坂。現在は石畳の道になっている。[1][5]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
安来市観光ガイド⁠に英語ページがある。観光ボランティアガイド⁠は日本語のみ。[1][6]
季節の楽しみ
未確認
撮影のルール
営利目的の撮影や⁠公園の占有、ドローンの飛行は安来市文化課への申請が必要。[2]
工事・休館・立入制限
自然災害などで周辺の道が通行止めになることがある(島根県の通行止め情報を確認)⁠。[7]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

ガイドと⁠登る月山富田城登山コース 120分

  1. 広瀬絣センター(駐車場)⁠を出発
  2. 安来市立歴史資料館(火曜休館)
  3. 山中鹿介の⁠像
  4. 月山富田城跡を山頂まで登る
  5. 希望すれば巖倉寺と⁠堀尾吉晴の墓へ

安来市観光ボランティアガイド⁠の会のガイド⁠付⁠きコース(所要120分・ガイド1人3,000円・7日前までに予約・日本語のみ)⁠。土日祝と⁠火曜の申込みは平日に対応。

周辺の楽しみ

博物館

安来市立歴史資料館

城のふもとにある市の資料館。安来の古代・中世・近代の歴史を展示している。百名城スタンプ⁠もここ。火曜休館。[1][6]

確認日: 2026-10-03

城下町

巖倉寺(堀尾吉晴の墓)

出雲観音霊場18番札所⁠の真言宗の寺。松江城を築いた堀尾吉晴が遺言でこの境内に葬られた。[6]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

建物よりも地形や⁠曲輪の配置から城の守りを読み取るのが好きな人、尼子氏や⁠山中鹿介の物語が好きな人に向く。松江城と⁠あわせて回ると、山城から平山城への移り変わりがよく分かる。

ここを見ると⁠面白い

山中御殿の石垣の虎口と⁠大土塁で守りのしくみを確かめ、七曲りを登って山頂の本丸へ。上から道を見下ろすと、攻め上がるのがどれほど大変だったかが実感できる。

訪ねる前に

城跡は自由に入れるが、本格的な山登りになる。歩きやすい靴と⁠飲み物を用意したい。百名城スタンプ⁠はふもとの歴史資料館(火曜休館、休館日は玄関前)⁠。バスの本数は事前に確認を。

楽しみかた

先に歴史資料館で尼子氏と⁠城の歴史を知ってから登ると、曲輪の名前の意味が分かって面白い。日本語が分かる人は、地元のボランティアガイド⁠と登るのもよい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    月山富田城跡安来市観光協会(安来市観光ガイド)tourism確認日:
  2. 2
    史跡公園の利用安来市municipal確認日:
  3. 3
    富田城跡(国指定文化財等データベース)文化庁heritage確認日:
  4. 4
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  5. 5
    月山富田城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  6. 6
    【ガイド付】月山富田城登山コース安来市観光協会(安来市観光ガイド)tourism確認日:
  7. 7
    清水月山県立自然公園島根県municipal確認日:
  8. 8
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    Wikipedia「月山富田城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  10. 10
    Wikidata Q1039004Wikidatawikidata確認日:
  11. 11
    OpenStreetMap node/2459202190© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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