しだれ桜と、2004年に復元された稲荷櫓(2019年4月撮影)。
江戸村のとくぞうCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

山梨県 · 甲府市

甲府城

こうふじょう

Maizuru Castle Park

山梨県甲府市

城平山城日本100名城 30番

この城らしさ

甲府駅そのものが、城の曲輪の跡に建っている。

なぜ?

明治になって城の建物が壊されたあと、1897年に城の北側の清水曲輪の跡に中央線の甲府停車場がつくられました。線路で城跡は南北に分かれ、いまは駅の南に舞鶴城公園、北に山手御門を復元した歴史公園があります。駅の南口から東へ2分歩けば、もう城の石垣の前です。[1][5]

見逃したくない3つ

01
天守曲輪に残る天守台の石垣(撮影日不明・2007年投稿)。天守が建っていたかどうかは分かっていない。HOSTで巡査部長(硫黄島観賞)CC BY 3.0Wikimedia Commons

天守台の石垣と⁠「兄弟石」

見る場所
城跡の中心、本丸の北西にある天守曲輪
注目する部分
自然の石を積んだ天守台の石垣と、1つの石を2つに割った「兄弟石」、石を割るために開けた四角い⁠穴(矢穴)
ここが面白い
甲府城は山梨県でただ1つの近世城郭で、築城したころの石垣がよく残る史跡と⁠して守られています。天守台は残っていますが、天守が建てられたかどうかは調査でもはっきりしていません。城跡からは甲府の町が見渡せ、天気がよければ富士山も見えます。[1][4][6][10]
見られるか
外から見られる舞鶴城公園は常に開いていて無料。
02
2013年に復元された鉄門と、左の謝恩碑(2016年2月撮影)。鉄門は本丸と天守曲輪の境にあった2階建ての門。でここCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

2013年に復元された鉄門

見る場所
本丸と⁠天守曲輪の境目
注目する部分
石段の上に立つ2階建ての櫓門と、足元に残る当時の礎石
ここが面白い
もとは「南門」と⁠呼ばれ、柳沢氏の時代に「鉄門」と⁠名を改めた門です。明治に⁠取⁠り⁠壊されましたが、1993年と⁠1997年の発掘で礎石や⁠石段が見つかり、それをもとに2013年に復元されました。廃城から約140年ぶりの復活です。[3][7][1]
見られるか
外から見られる門をくぐれる。
03
しだれ桜と、2004年に復元された稲荷櫓(2019年4月撮影)。江戸村のとくぞうCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

稲荷櫓と⁠駅の北の山手御門

見る場所
稲荷櫓は公園の北東の稲荷曲輪。山手御門は甲府駅の北側の甲府市歴史公園
注目する部分
白い2重の櫓と、駅の向こうに立つ大きな渡櫓門
ここが面白い
稲荷櫓は2004年に復元され、中は無料で見学できます。山手御門は城の3つの出入口の1つで、発掘で見つかった石垣を土台に、1700年ごろの絵図をもとに柳沢吉保の時代の姿で2007年に復元されました。渡櫓門の中は展示室で、展望スペースから富士山や⁠稲荷櫓が見えます。[1][2][9]
見られるか
外から見られるどちらも中に入れる(無料、月曜・祝日の翌日などは休館)⁠。

訪問の目安

最寄り駅
JR甲府駅南口から徒歩約2分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
舞鶴城公園をひと回りして1時間ほど。駅北の山手御門も見るなら1時間半ほど
料金
無料
時間
9:00〜16:30(入館は16:00まで⁠)
立入り
自由に見学できる

舞鶴城公園と⁠甲府市歴史公園⁠は常に開いていて無料。稲荷櫓と⁠山手渡櫓門の中も無料で、開館時間がある。

確認日:

この城の物語

01
史実

武田氏の館から一条小山へ

武田氏の時代、甲斐の中心は北の躑躅ヶ崎の館でした。1582年に武田氏が滅び、甲斐の支配者が次々に替わるなかで、新しい城は南の一条小山と⁠いう小高い丘に築かれました。甲府盆地の中で、関東と⁠西をつなぐ要の場所です。[1][4]

02
史実

秀吉の命で築かれた⁠城

豊臣秀吉が天下を統一して徳川家康を関東へ移すと、甲斐には秀吉の甥の羽柴秀勝、続いて加藤光泰が入り、築城が始まりました。光泰が朝鮮出兵中に亡くなると、浅野長政・幸長父子が城を完成させました。城からは浅野家や⁠豊臣家の家紋入りの瓦、金箔の瓦が出土しています。[1][4]

03
研究上の解釈

家康をおさえ、のちに江戸の西を守る

甲府城は、関東の家康に対抗するための重要な拠点と⁠して築かれたと⁠いわれます。関ヶ原の戦いのあとは徳川の城になり、今度は江戸の西側を守る城と⁠して大事にされました。江戸時代のはじめは、将軍家の一門が城主と⁠なる特別な城でした。[1]

04
史実

柳沢吉保の時代と⁠甲府勤番

1704年、5代将軍綱吉の側用人・柳沢吉保が城主になり、城と⁠城下町はもっとも整いました。しかし1724年に柳沢家が大和郡山へ移ると、甲斐は幕府の直轄地と⁠なり、城は甲府勤番と⁠いう役人たちが⁠守ることになりました。1727年の大火で本丸御殿や⁠銅門が焼け、城は少しずつ姿を⁠失っていきました。[1][4]

05
史実

鉄道と⁠県庁が城を分けた

明治の廃城で建物はほとんど壊され、城内には勧業試験場や⁠葡萄酒醸造所が置かれました。1897年には清水曲輪の跡に甲府駅ができ、楽屋曲輪の跡には県庁が建ち、堀も埋められました。それでも、内城と⁠呼ばれる中心部分は築城のころの石垣をよく残しています。[1][5]

06
史実

公園と⁠して復元が進む

城跡は1904年に「舞鶴公園」と⁠して開放されました。1968年に県の史跡、2019年に国の史跡になりました。山梨県は1990年から発掘調査と⁠整備を進め、稲荷櫓(2004年)⁠と鉄門(2013年)⁠を復元し、石垣の修理も続けています。駅の北側では甲府市が2007年に山手御門を復元しました。[1][4][6][9]

この城の人びと

年表

  1. 羽柴秀勝が甲斐に入り、築城が始まる[1]

  2. 浅野長政・幸長が入り、城を完成させる[1][4]

  3. 柳沢吉保が城主と⁠なる[1]

  4. 廃城と⁠なる[1]

  5. 清水曲輪の跡に甲府駅ができる[1]

  6. 鉄門が復元される[7][3]

  7. 国の史跡に指定される[6][4]

建物と⁠遺構

天守の状態

確認中

天守台は残る(城郭協会の表現は「天守台のみ残る」)⁠。天守が建てられたかどうかは、文献・発掘の両面から調べても確定していない。

城全体のいま

城の中心部(内城)⁠が山梨県の舞鶴城公園。駅の北側は甲府市歴史公園。築城時は約19haあったが、いまの史跡は約6ha。県庁や⁠甲府駅、市街地が城跡の一部の上に広がる。

主な建物

木造で復元

稲荷櫓

2004年に復元された2重の櫓。中は無料で見学できる。[1][2][11]

木造で復元

鉄門

本丸と⁠天守曲輪の境の2階建ての櫓門。発掘で見つかった礎石をもとに2013年に復元。[7][6]

木造で復元

山手門・山手渡櫓門(山手御門)

甲府駅の北側。発掘した石垣を土台に、当時の工法で2007年に復元。渡櫓門の中は展示室。[9][1]

確認中

天守

天守台のみ。建てられたかどうかは未確定。[10][11]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
確認中天守の有無・状態は確認中編集部記事
築城者
浅野長政・幸長日本城郭協会
築城
天正~慶長年間(1590年代)日本城郭協会
主な城主
加藤氏、浅野氏、徳川氏、柳沢氏日本城郭協会
廃城
1873年(明治6年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・櫓・櫓台・門・曲輪・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(甲府城跡)(2019年)⁠、山梨県史跡(のち国史跡へ⁠)(1968年)編集部記事
名城選定
日本100名城 30番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

舞鶴城公園と⁠甲府市歴史公園⁠は常に開いていて無料。稲荷櫓と⁠山手渡櫓門の中も無料で、開館時間がある。

住所

山梨県甲府市丸⁠の内1丁目(舞鶴城公園)[2][8]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR甲府駅南口JR中央本線・身延線

徒歩約2分 · 未確認

南口から東へ徒歩2分で舞鶴城公園。山手御門は駅の北側。[5][9]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

稲荷櫓
時間
9:00〜16:30(入館は16:00まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日は開館)⁠、祝日の翌日、12月29日〜1月3日
料金
無料[2]
確認日: 2026-10-03
山手御門(甲府市歴史公園)
時間
9:00〜17:00
休館・休み
月曜(祝日は開館)⁠、祝日の翌日、12月29日〜1月3日
料金
無料[9]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

中央自動車道甲府昭和IC・甲府南ICから。公園の駐車場はバスと⁠体の不自由な人の専用(使う前に管理事務所へ連絡)⁠。一般の車は甲府駅北側の県営北口駐車場など周辺の有料駐車場へ。[5][2]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
常時開放[1][9]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
舞鶴城公園をひと回りして1時間ほど。駅北の山手御門も見るなら1時間半ほど
階段・坂・足もと
小高い丘を利用した城で、曲輪は石垣で段になっている。天守台へは石段を上る。[10][1]
車椅子・ベビーカー
公園の駐車場は体の不自由な人の専用駐車場を兼ねる(事前に管理事務所へ連絡)⁠。園内の段差の状況は未確認。[2]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
春は桜。甲府市歴史公園からの眺めは、舞鶴城公園などと⁠あわせて「関東の富士見百景」に選ばれている。[9]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
城跡の石垣は県が年ごとに補修している。石垣の線刻画は⁠傷つきやすいので触れずに見るよう県が呼びかけている。[3][12]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

武田氏館跡(武田神社)

甲府城ができる前の甲斐の中心だった武田氏の館の跡。甲府駅北口からバスで約8分。[13]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

電車の旅の途中で気軽に城を見たい人、石垣の積み方や⁠石を割った跡を見比べるのが好きな人に向く。駅から2分で、入場も無料。

ここを見ると⁠面白い

天守台に上って町と⁠山々を見渡し、天守台の石垣で「兄弟石」を探したい。坂下門の石垣では時代の違う石垣を見比べられる。最後に駅の北側の山手御門の展示室にも寄ると、城の広さがよく分かる。

訪ねる前に

天守はなく、建っていたかどうかも分かっていない。稲荷櫓・鉄門・山手御門は平成の復元。城跡は線路で⁠分かれているので、山手御門へは駅の北口側へ回る。

楽しみかた

甲府市が公園マップで紹介している「秘密の水溜」や⁠暗渠、石切場の跡、石に刻まれた線刻画など、小さな見どころを探しながら歩くと⁠楽しい。武田氏の館の跡と⁠あわせて回ると、武田氏の甲府から江戸時代の甲府への移り変わりが分かる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    甲府城甲府市municipal確認日:
  2. 2
    山梨県の都市公園(舞鶴城公園)山梨県municipal確認日:
  3. 3
    甲府城内探検山梨県埋蔵文化財センターmunicipal確認日:
  4. 4
    甲府城の歴史山梨県埋蔵文化財センターmunicipal確認日:
  5. 5
    甲府城へのアクセス山梨県埋蔵文化財センターmunicipal確認日:
  6. 6
    史跡甲府城跡(甲府城研究室)山梨県埋蔵文化財センターmunicipal確認日:
  7. 7
    鉄門(まいぶん用語集)山梨県埋蔵文化財センターmunicipal確認日:
  8. 8
    基礎データ山梨県埋蔵文化財センターmunicipal確認日:
  9. 9
    歴史公園(山手御門)甲府市municipal確認日:
  10. 10
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    甲府城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  12. 12
    整備事業山梨県埋蔵文化財センターmunicipal確認日:
  13. 13
    交通アクセス武田神社official確認日:
  14. 14
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  15. 15
    Wikipedia「甲府城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  16. 16
    Wikidata Q969909Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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