ふもとから見た要害山(2010年12月撮影)。釣り鐘をふせたような形の山全体が城だった。
さかおりCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

山梨県 · 甲府市

要害山城

ようがいさんじょう

Yogaisan Castle

山梨県甲府市

城山城続日本100名城 130番

この城らしさ

武田信玄はこの山の上の逃げこみ城で生まれたと⁠伝わる。

なぜ?

要害山城は、武田信虎がふもとの⁠館(武田氏館)⁠が攻められたときに立てこもるために築いた「詰城(つめじろ)⁠」です。1521年に駿河の軍勢が甲府盆地に攻めこんだとき、身ごもっていた信虎の夫人がこの城に逃れ、後の信玄を産んだと⁠されます。山頂には「武田信玄公誕生之地」の石碑が立っています。[1][2]

見逃したくない3つ

01
山道の途中の門跡(2021年11月撮影)。自然石を積んだ石積みが残る。YasuCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

石を積んで狭めた門跡が続く登城道

見る場所
登城道(遊歩道)⁠の途中から主郭まで。現地の案内板(6)⁠の門跡が見どころ
注目する部分
通路の両側に自然石を高く積んで道を狭くした門跡と、何度も折れ曲がる⁠道
ここが面白い
山腹から主郭までの通路に沿って、四角く囲んだ出入口(枡形虎口)⁠と門と⁠曲輪が次々に置かれています。甲府市は(6)⁠の門跡を城でいちばん重厚な構えと⁠紹介しています。戦国時代の山城の守り方を、登りながら体で感じられます。[1]
見られるか
外から見られる遊歩道で自由に見学できる。主な遺構には番号つきの案内板がある。
02
山頂の主郭(2021年11月撮影)。東西約73m・南北約22mの平らな場所で、まわりを土塁が囲む。YasuCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

山頂の主郭と⁠信玄誕生の⁠碑

見る場所
山頂の主郭部
注目する部分
土塁に囲まれた長方形の平らな場所、庭に使われたと⁠みられる大きな石、東郷平八郎の書による「武田信玄公誕生之地」の⁠碑
ここが面白い
主郭は東西約73m、南北約22mあります。逃げこむための⁠城でありながら⁠庭⁠があったかもしれない、という点が面白いところです。ここから見る富士山は見事だと⁠甲府市は紹介しています。[1][3][4]
見られるか
外から見られる登城道を約30分登る。
03
堀の跡と土塁(2021年11月撮影)。YasuCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

尾根を断ち切る堀切と⁠竪堀

見る場所
主郭の東側の尾根(案内板(14)⁠〜(18)⁠)
注目する部分
細い土の橋だけを残して尾根を深く掘り切った堀切と、そこから斜面を下る竪堀
ここが面白い
城の裏側の尾根から大勢の敵が一度に主郭へ⁠攻めこめないようにするしかけです。要害山城の堀切は石積みを使って深く広く造られています。[1]
見られるか
外から見られる主郭から東へ進むと⁠見られる。足もとに注意。

訪問の目安

最寄り駅
JR甲府駅北口(バス利用)から徒歩約15分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
登城道の入口から主郭まで往復と⁠見学で約1時間半〜2時間
立入り
自由に見学できる

山全体が史跡で、遊歩道を自由に歩ける。続日本100名城⁠のスタンプは城跡ではなく、甲府駅北口広場⁠の甲府市藤村記念館⁠にある。開館中は館内で押し、休館時は正面玄関の右にある黒いポストに、スタンプを押した紙が用意されている。

確認日:

この城の物語

01
史実

館の裏山に築いた逃げこみ城

武田信虎は1519年、躑躅が崎に館を築いて新しい本拠と⁠しました。その翌年の1520年、いざと⁠いうときに立てこもる詰城と⁠して、館の北にある丸山に要害城を築きました。積翠寺の背後にある釣り鐘をふせたような形の山で、標高は約770mです。[1][3]

02
史実

甲府の町をつくった信虎

若くして家を継いだ信虎は、甲斐の国内で反乱を起こした武将たちを次々に従えて家臣にしました。彼らを館のまわりに住まわせ、商人や⁠職人も集めて、館を中心とした城下町「甲府」を開きました。要害城は、その本拠を背後から守る城でした。[1]

03
伝承

信玄誕生の伝え

1521年、駿河の軍勢が富士川をさかのぼって甲府盆地に攻め入りました。このとき⁠身ごもっていた大井夫人は要害城に逃れ、後の信玄を産んだと⁠されます。ふもとの積翠寺で産んだと⁠いう説もあり、積翠寺には産湯をくんだ井戸や⁠産湯天神が残っています。[1][5]

04
史実

武田三代を支えた62年

要害城は信虎・信玄・勝頼の三代にわたって使われ、勝頼が新府城へ移るまでの62年間、武田氏館とともに武田氏の領国支配の本拠地でした。城内には「諏訪水」と⁠呼ばれ今も水をたたえる井戸や、江戸時代後期に建てられた武田不動尊の石像もあります。[1]

05
史実

1991年に国史跡に

建物は⁠残っていませんが、土塁・竪堀・堀切・曲輪・門跡がよい状態で残り、1991年に「要害山」と⁠して国の史跡になりました。管理は甲府市です。2020年には築城500年をむかえ、山道の主な遺構には番号つきの案内板が⁠立てられています。[1][4]

この城の人びと

年表

  1. 武田信虎が躑躅が崎に館を築く[1]

  2. 館の詰城と⁠して要害城を築く[1][4]

  3. 駿河勢の侵攻。夫人が城に逃れ、信玄を産んだと⁠伝わる[1]

  4. 勝頼が新府城へ移り、本拠と⁠しての役目を終える[1][7]

  5. 「要害山」と⁠して国の史跡に指定[1][4]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

戦国時代の詰城で、天守はもともとない。

城全体のいま

山全体が史跡で、林の中に遊歩道が通る。土塁・竪堀・堀切・曲輪・門跡と⁠石積みが残り、主な遺構に案内板がある。建物はない。

主な建物

跡地のみ

門・城内の建物

門跡と⁠曲輪の平らな場所だけが残る。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
武田信虎日本城郭協会
築城
永正17年(1520)日本城郭協会
主な城主
駒井氏日本城郭協会
廃城
慶長5年(1600年)Wikipedia
見られる遺構
堀切・竪堀・石垣・虎口・土塁・井戸・曲輪・⁠堀編集部記事
文化財指定
国史跡(要害山)(1991年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 130番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

山全体が史跡で、遊歩道を自由に歩ける。続日本100名城⁠のスタンプは城跡ではなく、甲府駅北口広場⁠の甲府市藤村記念館⁠にある。開館中は館内で押し、休館時は正面玄関の右にある黒いポストに、スタンプを押した紙が用意されている。

住所

山梨県甲府市上積翠寺町[1][3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR甲府駅北口(バス利用)JR中央本線・身延線

徒歩約15分 · 急⁠な登り

甲府駅北口からバスで約15分、「積翠寺」で降りて徒歩約15分で登城道の入口へ。そこから山頂の主郭まで遊歩道を約30分登る。[2][3]

確認日: 2026-10-03

車・駐車場

甲府駅から車で約17分。駐車場の有無は未確認。[2]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
登城道の入口から主郭まで往復と⁠見学で約1時間半〜2時間
階段・坂・足もと
山道を約30分登る。九十九折の道や⁠石積みの門跡があり、甲府市は「健脚向け」と⁠案内している。[1][2][3]
車椅子・ベビーカー
山道のため車いすでの見学は難しい(公式の案内は未確認)⁠。確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
英語の案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
主郭から富士山が見える。[1]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
未確認確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

積翠寺

要害山のふもとの寺。信玄がここで生まれたと⁠いう伝えもあり、産湯をくんだ井戸や⁠産湯天神が残る。積翠寺バス⁠停から徒歩約5分。[5][3]

確認日: 2026-10-03

城下町

武田氏館跡(武田神社)

要害城が守った武田氏の本拠。土塁や堀、枡形虎口などが残る国史跡で、いまは武田神社になっている。甲府駅北口からバスで約10分。[2]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

武田信玄・信虎の歴史が好きな人、山歩きをしながら戦国時代の山城を見たい人に向く。甲府市内の3つの城跡(要害山城・武田氏館跡・甲府城跡)⁠を一日で巡ることもできる。

ここを見ると⁠面白い

登りながら案内板の番号を追って、門跡がどう道を狭め、曲輪がどう段々に並ぶかを見る。山頂では主郭の広さと⁠信玄誕生の碑、さらに東の堀切まで足をのばしたい。

訪ねる前に

建物は何もなく、林の中の山道を約30分登る本格的な山城。歩きやすい靴と⁠飲み物を用意する。スタンプは城跡ではなく甲府駅北口の藤村記念館にあるので、行く前か帰りに寄る。

楽しみかた

先にふもとの武田氏館跡(武田神社)⁠を見てから要害山に登ると、館と⁠逃げこみ城の関係がよく分かる。ふもとの積翠寺にも寄り、二つの「信玄誕生の地」を見比べるのも面白い。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    要害山(ようがいさん⁠)甲府市歴史文化財課municipal確認日:
  2. 2
    3つのお城跡を巡るコース甲府市観光課municipal確認日:
  3. 3
    信玄公(武田家)ゆかりの場所甲府市観光課municipal確認日:
  4. 4
    山梨の文化財ガイド要害山山梨県heritage確認日:
  5. 5
    積翠寺甲府市観光協会tourism確認日:
  6. 6
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    史跡新府城跡韮崎市教育委員会municipal確認日:
  8. 8
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    Wikipedia「要害山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  10. 10
    Wikidata Q11630039Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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