熊野川から見た新宮城の城山(丹鶴山)。山の上に石垣が見え、川岸のふもとに水ノ手郭があった
Photo by 663highlandCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

和歌山県 · 新宮市

新宮城

しんぐうじょう

Shingū Castle

和歌山県新宮市

城平山城続日本100名城 167番

この城らしさ

城山のふもとの川岸に、江戸へ送る炭をためる納屋が約20棟も並んでいた。

なぜ?

新宮城の北のふもと、熊野川に面した「水ノ手郭」では、発掘で約20棟の炭納屋と⁠船着場が見つかりました。熊野川流域の木炭をここに集めて船で江戸へ運び、専売の炭が城主・水野家の財政をうるおしました。国は、城と⁠しては珍しい「お金をかせぐ場所」の遺構が見つかったことを、史跡に指定した理由に挙げています。[1][3]

見逃したくない3つ

01
水ノ手郭の炭納屋跡。熊野川流域の木炭をここに集め、船で江戸へ送ったPhoto by 663highlandCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

熊野川岸の水ノ手郭と⁠炭納屋跡

見る場所
城山の北のふもと、熊野川に面した水ノ手郭
注目する部分
地面に区画が示された炭納屋の跡と、川に面した石垣・船着場の⁠跡
ここが面白い
城の遺構の多くは守りのためのものですが、ここは木炭を集めて江戸へ送る商いの拠点でした。新宮領の石高は3万5千石でしたが、市は炭の専売によって3万5千石以上⁠の財力があったと⁠説明しています。中世の港の遺跡も近くで見つかっており、新宮が海と⁠川の交易で栄えた町だったことが分かります。[1][3]
見られるか
外から見られる散策自由。上の石垣から見下ろすこともできる。
02
四角く囲まれた枡形虎口(ますがたこぐち)の石垣。石の形を整えてすき間なく積む切込接ぎが主に使われているPhoto by 663highlandCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

切込接ぎの石垣と⁠枡形虎口

見る場所
城山の上の本丸・鐘ノ丸・松ノ丸
注目する部分
形を整えた石をすき間なく積んだ石垣と、四角く囲んだ枡形虎口。ところどころに残る野面積み・打込接ぎの石垣
ここが面白い
石垣は熊野川流域でとれる流紋岩を使い、切込接ぎが中心です。本丸や⁠鐘ノ丸の野面積み・打込接ぎの部分は、最初に城を築いた浅野氏の時代の名残と⁠されています。各曲輪が枡形虎口で独立したつくりになっているのも特徴です。[1]
見られるか
外から見られる散策自由。
03
城山の上から見た熊野川と石垣Photo by 663highlandCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

本丸から見る熊野川

見る場所
本丸の北側
注目する部分
城山のすぐ下を流れる熊野川と⁠熊野大橋、対岸の山な⁠み
ここが面白い
熊野川河口近くの独立した丘に築かれた城で、北の熊野川が天然の堀になるため、城全体を囲む堀はありませんでした。川と⁠海の交通を見張る位置にあり、別名「沖見城」の名も残ります。[1][2][4]
見られるか
外から見られる散策自由。

訪問の目安

最寄り駅
JR新宮駅から徒歩約10分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
城山と⁠水ノ手郭をひと回りして1時間前後が目安
料金
未確認
時間
9:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

散策自由・無休・無料。続100名城スタンプ⁠は新宮市立歴史民俗資料館(9:00〜17:00、月曜(祝日なら翌日)⁠・祝日の翌日・年末年始休館)⁠にある。

確認日:

この城の物語

01
伝承

熊野川河口の丹鶴山

新宮城は、紀伊半島の南端近く、熊野川の河口の右岸にある独立した丘・丹鶴山に築かれました。別名の丹鶴城は、平安時代の終わりに源為義の娘・丹鶴姫がこのあたりに⁠住んでいたことに由来すると⁠伝わります。[1][2][4]

02
史実

浅野忠吉が築き、水野家が完成させた

関ヶ原の戦いのあと⁠紀伊に入った浅野幸長は、重臣の浅野忠吉に新宮を分け与え、1601年に築城が始まりました。1615年の一国一城令でいったん廃城になりますが、1618年に⁠再⁠び⁠認められます。翌1619年に浅野家が広島へ移ると、紀州藩主徳川頼宣⁠の付家老・水野重仲が入って工事を続け、1633年、2代重良のときに完成したとされます。[1]

03
史実

炭でうるおった水野家

水野家は徳川家康の母方のいとこにあたる家で、以後10代にわたって新宮を治めました。熊野の木材や⁠木炭を押さえ、専売の炭を江戸へ送って大きな利益を上げました。市は、新宮領からは年に10万〜30万俵⁠の炭が積み出されたと⁠紹介しています。[1][4]

04
史実

明治にすべての建物を失う

城は地震や⁠台風でたびたび壊れ、そのたびに直されました。1871年の廃藩置県で城の役目を終え、建物はすべて⁠取⁠り⁠壊されました。いまは総石垣の曲輪と⁠天守台、枡形虎口、水ノ手郭の跡が残ります。昭和には城跡の一部で旅館が営業し、ケーブルカーも走っていて、その跡もいまに残っています。[1][2][5]

05
史実

丹鶴城公園と⁠国史跡

城跡は丹鶴城公園と⁠して整えられ、だれでも散策できます。2003年に水野家の墓所と⁠あわせて「新宮城跡附水野家墓所」として国の史跡に指定され、2017年には続日本100名城⁠の167番に選ばれました。[1][3][6]

この城の人びと

年表

  1. 浅野忠吉が築城を始める[1]

  2. 一国一城令でいったん廃城(1618年に再び許可)[1]

  3. 水野重仲が入り、工事を続ける[1]

  4. 2代重良のときに完成したとされる[1]

  5. 廃藩置県で城の役目を終え、建物は取り壊される[1]

  6. 「新宮城跡附水野家墓所」として国史跡に[1][3]

  7. 続日本100名城(167番)⁠に選定[1][6]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

本丸の南端に天守台が残る。天守は明治に取り壊された。

城全体のいま

丹鶴城公園と⁠して散策自由。山上に本丸・天守台・出丸・鐘ノ丸・松ノ丸、北のふもとに水ノ手郭の跡が残る総石垣の城跡。南西のふもとの二の丸跡は保育園などになり、南側の⁠堀(伊佐田池)⁠は大正時代に埋め立てられた。

主な建物

跡地のみ国史跡

水ノ手郭(炭納屋跡・船着場跡)

発掘で約20棟の炭納屋と⁠船着場を確認。[1]

確認中

公園入口の⁠門

城門をまねた模擬の門。[5]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
浅野忠吉日本城郭協会
築城
慶長6年(1601)日本城郭協会
主な城主
浅野氏、水野氏日本城郭協会
廃城
1873年(明治6年)Wikipedia
見られる遺構
天守台・石垣・曲輪・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(新宮城跡附水野家墓所)(2003年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 167番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

散策自由・無休・無料。続100名城スタンプ⁠は新宮市立歴史民俗資料館(9:00〜17:00、月曜(祝日なら翌日)⁠・祝日の翌日・年末年始休館)⁠にある。

住所

和歌山県新宮市丹鶴3丁目7688-2[2]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR新宮駅JR紀勢本線

徒歩約10分 · 少⁠し登る

駅から市街地の中心にある公園の登り口へ。駐車場から石段を上ると⁠天守台と⁠本丸に着く。[2]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

新宮市立歴史民俗資料館(続100名城スタンプ設置)
時間
9:00〜17:00
休館・休み
月曜(祝日の場合は翌日)⁠、祝日の翌日、年末年始
料金
未確認[1]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

無料駐車場あり(台数は未確認)⁠。[2]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
散策自由・無休[2]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城山と⁠水ノ手郭をひと回りして1時間前後が目安
階段・坂・足もと
城山へは石段や⁠坂を上る。水ノ手郭へは城山から下る。[2]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
あり[2]
英語案内・音声ガイド
新宮市観光協会⁠のサイトに英語ページがある。現地の英語表示は未確認。[2]
季節の楽しみ
3月下旬〜4月上旬⁠は石垣と⁠桜の景色が楽しめる。[2]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
特になし(確認した範囲)確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

熊野速玉大社

熊野三山の一つに数えられる大社。新宮のまちなかにある。[7]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

熊野三山めぐりのついでに立ち寄りたい人、石垣の積み方を見比べたい人、城の「お金のしくみ」に興味がある人に向く。駅から10分で行きやすい。

ここを見ると⁠面白い

山の上ではきっちり⁠積まれた切込接ぎの石垣と⁠枡形虎口を見る。本丸の北側から熊野川を見下ろしたら、ふもとの水ノ手郭へ。炭納屋の跡を見ると、この城が港と⁠商いの拠点でもあったことが実感できる。

訪ねる前に

建物はなく、石垣と⁠曲輪の跡を見る城。公園入口の門は模擬の門。スタンプは城跡ではなく市立歴史民俗資料館⁠にあり、月曜などは休み。

楽しみかた

熊野速玉大社と⁠あわせて新宮の町を歩くとよい。春は石垣と⁠桜の組み合わせが見どころ。

訪問者レビュー

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評価

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    新宮城跡の紹介新宮市(文化振興課)municipal確認日:
  2. 2
    新宮城跡(丹鶴城跡)新宮市観光協会tourism確認日:
  3. 3
    新宮城跡附水野家墓所(文化遺産オンライン)文化庁heritage確認日:
  4. 4
    【Ⅳ】丹鶴城趾新宮市municipal確認日:
  5. 5
    新宮城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  6. 6
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    熊野速玉大社新宮市観光協会tourism確認日:
  8. 8
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    Wikipedia「新宮城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  10. 10
    Wikidata Q11501731Wikidatawikidata確認日:
  11. 11
    OpenStreetMap node/2215791774© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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