日本のお城アトラス

水野忠央

Mizuno Tadanaka

幕末の新宮城主(紀州藩付家老)⁠。学問に通じ、「丹鶴叢書」171巻を刊行したほか、洋式の軍隊を整え、洋式船「丹鶴丸」を造った。

読み
みずのただなか
生没年
1814–1865
史実

エピソード

大老井伊直弼と⁠結んで幕府の政治に力をふるおうとしたとされる。吉田松陰は「水野は悪賢いが才があり、世の中が大いに恐れている」と⁠いう意味の評をしたと市は紹介している。

ゆかりの⁠城

出典

  1. 1
    【Ⅳ】丹鶴城趾(新宮市)確認日:
  2. 2
    水野忠央(補助資料・Wikipedia日本語版)確認日: