内堀と石垣。徳島城の石垣は、地元でとれる青みがかった結晶片岩(青石)で積まれている(2007年10月撮影)。
663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons

徳島県 · 徳島市

徳島城

とくしまじょう

Tokushima Castle

徳島県徳島市

城平山城日本100名城 78番

この城らしさ

建物は1つも残っていないが、地元の青い⁠石「青石」で積んだ石垣が、城の姿をいまに伝える。

なぜ?

徳島城の石垣には、徳島でとれる結晶片岩(青石)⁠が使われています。博物館は、建物はなくても石垣と⁠庭園がすばらしい城だと⁠紹介しています。築城当時の野面積みから江戸時代の積み方まで、時代ごとの石垣を見比べられます。[2][6]

見逃したくない3つ

01
堀に面した石垣の角。平たく割れる結晶片岩を積み上げている(2007年10月撮影)。663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons

青石の石垣と⁠本丸東の野面積み

見る場所
城山(本丸の東側)と、堀に面した石垣
注目する部分
平たく割れた青っぽい石の積み方。本丸の東に残る、自然の石をそのまま積んだ野面積み
ここが面白い
野面積みは1586年の築城のころのもので、博物館は徳島城見学のおすすめポイント⁠の1つと⁠しています。地元の石を使った城なので、ほかの城の白っぽい花崗岩の石垣とは色も形も違って見えます。[2]
見られるか
外から見られる徳島中央公園の中にあり、自由に見られる。城山の上へは石段を上る。
02
旧徳島城表御殿庭園(国の名勝)の池のまわり。大きな青石が使われている(2007年10月撮影)。663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons

旧徳島城表御殿庭園

見る場所
徳島城博物館のとなり
注目する部分
枯山水の庭と⁠池のある庭の2つ。大きな青石と、枯山水に架かる真ん中で割れた青石の⁠橋
ここが面白い
藩主の居間や⁠表書院の庭で、武将で茶人の上田宗箇がつくったと市は説明しています。1941年に国の名勝になりました。割れた石橋には、初代藩主が怒って踏み割ったと⁠いう話がありますが、博物館は史実ではないと⁠しています。[4][2]
見られるか
外から見られる有料(大人50円)⁠。博物館に入館すると⁠無料で見られる。
03
城の正門だった鷲の門。1945年の空襲で焼け、1989年に復元された(2019年7月撮影)。TōjichiCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

復元された正門・鷲の⁠門

見る場所
公園の南東、鷲の門広場
注目する部分
薬医門と⁠いう形式の⁠門
ここが面白い
徳島城の正門で、明治の取り壊しでも残りましたが、1945年の徳島大空襲で焼け、1989年に市制100周年⁠を記念して復元されました。幕府の許可を得やすくするため鷲を飼う場所と⁠して届け出たことが名前の由来と⁠伝わります。[4]
見られるか
外から見られる外から自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
JR徳島駅から徒歩約10分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
公園の石垣と⁠庭園で1時間、博物館も入れて2時間ほどが目安
料金
常設展一般300円、高校・大学生200円、中学生以下無料(20人以上の団体は240円・160円)⁠。特別展は一般500円
時間
9:30〜17:00(入場は16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

徳島中央公園は自由に入れる。博物館と⁠表御殿庭園は有料(博物館に入館すると⁠庭園は無料)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

川にはさまれた小山に

1585年、豊臣秀吉の四国攻めのあと⁠阿波の領主になった蜂須賀家政は、すぐに猪山(いまの城山)⁠に城を築き始めました。場所を選んだのは秀吉で、秀吉の手紙に「家政の城は猪山がよい」と⁠書かれています。城は助任川と⁠寺島川を堀と⁠して取り込みました。[2]

02
史実

蜂須賀家政が築いた

城は秀吉の命令で、小早川隆景や⁠長宗我部元親、比叡山の僧侶たちの協力を得て築かれ、1586年に完成したと⁠いいます。家政はこのとき「渭津(いのつ)⁠」⁠と⁠いう地名を「徳島」に改めました。城づくりと⁠同時に町人を集めて城下町をつくりました。[2][3]

03
史実

阿波・淡路25万石の中心

江戸時代の徳島城は、阿波と⁠淡路の2国、25万7千石を治めた蜂須賀家の城であり、藩の政治の中心でした。城山の上に本丸などの曲輪(くるわ)⁠を置き、麓に藩主の住まいと⁠役所をかねた表御殿を置きました。[2][6]

04
史実

建物は消え、石垣と⁠庭が残った

明治の初めに天守などの建物は取り壊され、ほとんど残っていません。1872年ごろに撮られた写真が、解体前の徳島城を写した唯一の写真です。残った鷲の門も1945年の空襲で焼けました。一方で、石垣と⁠堀の一部、表御殿の庭園が残っています。[2][3][4]

05
史実

徳島中央公園と⁠国の史跡

城跡は1906年に公園になり、いまは徳島中央公園です。1989年に鷲の門が復元され、徳島城博物館が開かれて城跡公園と⁠して整えられました。2006年1月26日に、徳島城跡は国の史跡になりました。[4][2]

この城の人びと

年表

  1. 蜂須賀家政が阿波の領主と⁠なり、猪山で築城を始める[2]

  2. 徳島城が完成したと⁠伝わる[2]

  3. ごろ

    解体前の城を写した唯一の写真が撮られる[3]

  4. 城跡が公園(いまの徳島中央公園)⁠になる[4]

  5. 徳島大空襲で鷲の門が焼失[4]

  6. 鷲の門を復元[4]

  7. 徳島城跡が国の史跡に[4][2]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

天守を含む建物は明治の初めに取り壊され、再建されていない。

城全体のいま

城跡は徳島中央公園(入園無料)⁠。城山の石垣、堀の一部、表御殿庭園が残り、徳島城博物館がある。JR徳島駅のすぐ北東。

主な建物

再建(復興)

鷲の⁠門

城の正門(薬医門)⁠。1945年焼失、1989年に復元。[4]

現存しない

天守

明治の初めに取り壊された。1872年ごろの写真に山上の天守の屋根が写っている。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
蜂須賀家政日本城郭協会
築城
天正14年(1586)日本城郭協会
主な城主
蜂須賀氏日本城郭協会
廃城
明治2年(1869年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・門・曲輪・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(徳島城跡)(2006年)⁠、国名勝(旧徳島城表御殿庭園)(1941年)編集部記事
名城選定
日本100名城 78番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

徳島中央公園は自由に入れる。博物館と⁠表御殿庭園は有料(博物館に入館すると⁠庭園は無料)⁠。

住所

〒770-0851 徳島県徳島市徳島町城内1番地⁠の⁠8(徳島城博物館)[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR徳島駅JR高徳線・徳島線・牟岐線

徒歩約10分 · 少⁠し登る

駅から徒歩約10分で博物館・公園。市営バス「徳島公園鷲の門前」からは徒歩約5分。城山の上へは石段を上る。[1][4]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

徳島市立徳島城博物館
時間
9:30〜17:00(入場は16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日は開館)⁠、祝日の翌日(土日祝は開館)⁠、12月28日〜1月2日、ほか燻蒸・展示準備の⁠日
料金
常設展一般300円、高校・大学生200円、中学生以下無料(20人以上の団体は240円・160円)⁠。特別展は一般500円[1]
確認日: 2026-10-03
旧徳島城表御殿庭園
時間
9:00〜17:00(入園は16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日は開園)⁠、祝日の翌日(日曜・祝日は開園)⁠、12月28日〜1月4日
料金
大人50円、小人30円。博物館の入館者は無料[4][1]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

徳島中央公園の東側駐車場(89台)⁠と⁠西・南側駐車場(116台)⁠。普通車1回310円。徳島自動車道徳島ICから約10分。[4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認(公園の開園時間は公式に記載なし)確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
公園の石垣と⁠庭園で1時間、博物館も入れて2時間ほどが目安
階段・坂・足もと
麓の公園は平ら。城山の上の本丸へは石段を上る。[2]
車椅子・ベビーカー
公園の駐車場に車いす使用者用区画があり、障害者手帳などを持つ人の普通車は駐車無料。博物館は手帳所持者と⁠介護者1名が無料。[4][1]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
公園内に5か⁠所(多目的トイレあり)[4]
英語案内・音声ガイド
未確認。博物館ではボランティアガイド⁠が随時案内している(言語は未確認)⁠。[1]
季節の楽しみ
公園東側のバラ園は5月中旬〜6月初旬⁠と10月上旬〜下旬⁠が見ごろ。[4]
撮影のルール
博物館でのコスプレ撮影には注意事項がある。そのほかは未確認。[1]
工事・休館・立入制限
博物館は2026年10月8日・9日と⁠11月25日が特別展準備で休館。秋の特別展は10月10日〜11月23日で、この期間は一般500円。[1]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣が好きな人、庭園が好きな人、駅から歩いて行ける城を探している人に向く。

ここを見ると⁠面白い

建物のない城なので、石垣の色と⁠積み方に注目したい。本丸東の野面積みと、表御殿庭園の大きな青石を見比べると、徳島の石がどう使われたかが分かる。

訪ねる前に

天守も櫓も残っておらず、鷲の門も1989年の復元。博物館は月曜休館で、10月8日・9日など展示準備の休館日もある。

楽しみかた

博物館に入ると⁠表御殿庭園も無料で見られるので、先に博物館で城の姿を知ってから庭と⁠石垣を歩くとよい。雨の日は石垣の青さが増すと⁠いわれる。土日祝は入館者向けにボランティアによるお茶のもてなし(実費)⁠がある。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    ご利用案内徳島市立徳島城博物館official確認日:
  2. 2
    とくしまヒストリー第2回城下町誕生秘話 ―徳島築城―徳島市立徳島城博物館official確認日:
  3. 3
    とくしまヒストリー第1回城下町徳島⁠の誕生徳島市立徳島城博物館official確認日:
  4. 4
    徳島中央公園徳島市municipal確認日:
  5. 5
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  6. 6
    徳島城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  7. 7
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    Wikipedia「徳島城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  9. 9
    Wikidata Q8011246Wikidatawikidata確認日:
  10. 10
    OpenStreetMap node/12285186670© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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