日本のお城アトラス

本多忠政

Honda Tadamasa

1617年に伊勢桑名から姫路城主と⁠なった譜代大名。三の丸や⁠西の丸などを広げ、いま見られる姫路城の全体を整えた。

読み
ほんだただまさ
生没年
1575–1631
伝承

エピソード

忠政の息子の忠刻には、徳川秀忠の娘・千姫が嫁いだ。西の丸の百間廊下には千姫に仕えた侍女たちがいて、千姫は毎朝この廊下から男山を拝んだと⁠伝わる。また忠政は、義理の息子にあたる明石城主小笠原忠政⁠の明石城づくりにも深く関わった。

ゆかりの⁠城

出典

  1. 1
    姫路城の歴史(姫路市)確認日:
  2. 2
    城の楽しみ方(姫路市)確認日:
  3. 3
    城跡(明石公園公式サイト)確認日:
  4. 4
    本多忠政(補助資料・Wikipedia日本語版)確認日: