日本のお城アトラス

石川数正

Ishikawa Kazumasa

もとは徳川家康の重臣。1585年に家康のもとを離れて豊臣秀吉の家臣と⁠なり、1590年に松本へ入って城と⁠城下町づくりを始めた。

読み
いしかわかずまさ
生没年
?–1593
史実

エピソード

数正は家康の人質時代をともに過ごし、岡崎城の城代も任された腹心だった。それが1585年、一族を連れて大坂へ去り、秀吉の配下になった。松本に入って2年後、朝鮮への出兵中に亡くなり、城づくりは子の康長に引き継がれた。

ゆかりの⁠城

出典

  1. 1
    松本城の歴史(国宝松本城公式サイト)確認日: