日本のお城アトラス

大石良雄(内蔵助)

Oishi Yoshio (Kuranosuke)

赤穂浅野家の筆頭家老。1701年に藩主浅野長矩が切腹して家が断絶したあと、1702年12月⁠に旧家臣を率いて吉良邸に討ち入った。この事件は「忠臣蔵」と⁠して⁠語⁠り⁠継がれている。

読み
おおいしよしお(くらのすけ)
生没年
1659–1703
史実

エピソード

刃傷事件のあと、大石らは赤穂城本丸の御殿に集まって評定を開いた。御殿はいまはないが、間取りが本丸の地面に復元されている。本丸の池からは「大石内蔵助」と書かれた木簡も見つかった。屋敷の長屋門は「大石良雄宅跡」として国の史跡になっている。

ゆかりの⁠城

出典

  1. 1
    赤穂城跡(赤穂観光協会)確認日:
  2. 2
    赤穂城史跡名勝⁠の探訪ガイド(赤穂市教育委員会)確認日:
  3. 3
    赤穂城の歴史(赤穂市教育委員会)確認日:
  4. 4
    大石良雄(補助資料・Wikipedia日本語版)確認日: