石油を掘ったら湯が出た
月岡温泉は新潟県新発田市、越後平野の東縁に開けた温泉地で、『新潟の奥座敷』と呼ばれてきた。開湯は大正4年(1915年)。現在『月岡温泉発祥ノ地』の石碑が立つ付近で石油を掘削していた井戸から50℃を超える湯が湧き出し、本間周三郎がそこに共同浴場を建てたのが始まりとされる。隣に湯治宿『青木館』が開き、自炊客のための商店も現れた(旧湯)。大正末から昭和初期には新しい源泉を掘って二階建ての共同浴場を中心とする新湯地区が整い、1957年には25の旅館に内湯が引かれ、1986年には全旅館が内湯を備えた。1959年には県内初の動物園『行楽苑』を含む月岡ヘルスセンターが開業し、家族連れでにぎわった。[5][4]
硫黄が色になる
月岡の湯は含硫黄-ナトリウム-塩化物泉で、源泉は約51℃、pH8の弱アルカリ性。湯船では透き通ったエメラルドグリーンに見え、入浴剤と間違われるほどだという。旅館組合は『国内随一の成分含有量を誇る硫黄泉』と説明し、Wikipedia によれば硫化水素イオンの含有量は国内随一、総硫黄は万座に次ぐ日本2位、弱アルカリ性の硫黄泉としては全国一とされる。色は季節や天気で乳白色に変わることがあり、昔の人は湯色で翌日の天気を予想した。硫黄が多いほど色が濃く出る、という関係を目で見られるのが月岡の分かりやすさだ。磐梯熱海・いわき湯本とともに『磐越三美人湯』にも数えられる。[1][5]
『温泉以外は何もない』からの再生
バブル期に年120万人いた観光客はバブル崩壊後に半減し、旅館の3分の2が廃業・閉鎖した。旅館の大型化と館内での囲い込みで温泉街の役割も薄れ、一時は『温泉以外は何もない』と言われた。開湯100年の2015年前後から『歩きたくなる温泉街』を目標に再生が始まる。2014年、荒れ地になっていた発祥地を観光協会が飲泉もできる『源泉の杜』として整備し、商店街の外観を茶色系に揃えた。旅館の若手経営者らが作った合同会社は空き家を使って、新潟全酒蔵の酒を試飲できる『蔵』(2014年)、干物・発酵食品の『旨』、せんべい手焼きの『田』、ワインの『香』、米粉の『米』と体験型の店を次々に開いた。2018年には旅館跡地に『月あかりの庭』。この取り組みは全旅連の最高賞や国土交通大臣賞を受けている。[5][2][4]
足湯から共同浴場へ
温泉街の中心にある足湯『湯足美(ゆたび)』は100%源泉かけ流しで無料、8:00〜21:00。タオルは隣の旅館で1枚100円、女性用更衣室やトイレもあり、夜は和傘のライトアップが映える。源泉の杜(8:00〜22:00、無料)では手湯と、自称『日本一まずい温泉』の飲泉に挑める。全身で入るなら共同浴場『美人の泉』。新発田市観光協会の案内では大人550円・小人330円、10:00〜21:30(受付20:30)、火曜・第3水曜休で、湯は毎日入れ替える。新潟駅からの直通バスは1日2本(約60分・1,500円)、新発田駅からは約25分・500円。温泉街は平坦で、どこへも歩いて数分だ。[4][3][6]