二の丸のロープウェー山頂駅付近から見た近江八幡の町とロープウェー。秀次が開いた城下町が今の町のもとになった
ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

滋賀県 · 近江八幡市

八幡山城

はちまんや⁠まじょう

Hachimanyama Castle

滋賀県近江八幡市

城山城続日本100名城 161番

この城らしさ

城はわずか10年で消えたが、秀次が山のふもとに引いた八幡堀と⁠碁盤の目の町は、いまも近江八幡⁠の町そのものとして残っている。

なぜ?

羽柴(豊臣)秀次は1585年に八幡山城主と⁠なり、城下町を縦12筋・横5筋の碁盤の目に区切り、城と⁠町を八幡堀で分けました。翌年には楽市楽座の掟書を出し、琵琶湖を行く船に八幡浦へ立ち寄るよう命じています。城は1595年に廃城と⁠なりましたが、滋賀県教育委員会⁠は秀次が今の近江八幡市の基礎を築いたと⁠説明しています。[1]

見逃したくない3つ

01
本丸の虎口の櫓の下に残る石垣ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

山頂の総石垣と⁠5回折れる虎口

見る場所
八幡山の山頂。二の丸から本丸へ入る⁠道
注目する部分
本丸・二の丸・北の丸・西の丸のまわりの石垣と、二の丸の虎口から本丸に入るまでに5回曲がる⁠道
ここが面白い
八幡山城は総石垣で築かれた城で、中世の山城によくある竪堀や⁠堀切ははっきりしません。二の丸の虎口から本丸に入るまでに道が5回も折れ曲がり、敵がまっすぐ進めないようにしています。滋賀県教育委員会は、三重県の赤木城によく似た虎口だと⁠紹介しています。[1]
見られるか
外から見られる山頂遊歩道から見られる。本丸跡は瑞龍寺の境内。
02
山のふもとの秀次館(居館)跡と石垣。発掘で金箔瓦が多数見つかったブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

ふもとの秀次館跡

見る場所
山頂から八幡堀へのびる二つの尾根にはさまれた⁠谷
注目する部分
まっすぐのびる大手道、その両側にひな壇状に並ぶ家臣の屋敷地、奥の大きな石を使った石垣
ここが面白い
秀次の館は山の上ではなく谷の奥にあり、大きな石で石垣を積んで約6000㎡の平らな土地をつくっていました。発掘では書院造りと⁠考えられる建物の礎石と、金箔瓦が多数見つかり、秀次の馬印「沢瀉(おもだか⁠)⁠」⁠の形の金箔瓦が出たことで秀次館だと⁠確かめられました。[1]
見られるか
一部見られる石垣と⁠平坦地が見られる。建物はない。
03
八幡堀。城と城下町を分ける堀で、東は西の湖、西は琵琶湖へ抜けるように掘られたAsturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

八幡堀

見る場所
八幡山の南のふもと、城と⁠旧城下町のあいだ
注目する部分
石積みの岸と、水路ぞいの町並み
ここが面白い
八幡堀は城と⁠城下町を分ける堀で、東は西の湖へ、西は琵琶湖へ抜けるように⁠掘られていました。山のふもとの館や⁠家臣の屋敷とともに、町全体を囲む「惣構」の一部だったと⁠考えられています。1586年の掟書で琵琶湖の船に八幡浦への寄港を命じていることから、このころには堀が整い、町と⁠して⁠動いていたとみられます。[1]
見られるか
外から見られる堀ぞいは自由に歩ける。

訪問の目安

最寄り駅
JR・近江鉄道近江八幡駅から徒歩約5分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
ロープウェーを使って山頂の遊歩道と⁠瑞龍寺で40〜50分、ふもとの秀次館跡と⁠八幡堀もあわせて2時間ほどが目安
料金
おとな片道540円・往復950円、こども片道270円・往復480円
時間
9:00〜17:00(上り最終16:30)⁠。15分おきに運行。季節や⁠行事で延長あり
立入り
自由に見学できる

山頂へはロープウェー(有料)⁠か登山道で上る。続日本100名城⁠のスタンプは本丸跡の村雲御所瑞龍寺⁠にあり、悪天候でロープウェーが休むときは山麓の売店で押せる。城跡の一部は私有地。

確認日:

この城の物語

01
史実

秀吉のおい、秀次の⁠城

羽柴秀次は豊臣秀吉の姉の子です。1584年の小牧・長久手の戦いでは、徳川家康の本拠を突く作戦の総指揮をまかされましたが、家康に見破られて多くの武将を失い、秀吉にしかられました。その翌年の1585年、近江の湖東地域に43万石を与えられて八幡山城主になりました。[1]

02
研究上の解釈

山の上の城と、谷の⁠館

城は八幡山の山頂の本丸から放射状に広がる曲輪群、西と⁠南東の尾根の曲輪、そして二つの尾根にはさまれた谷の館群からできていて、八幡堀と⁠あわせて町全体を囲む惣構をつくっていたと⁠考えられます。まっすぐな大手道の先に館を置き、両側に家臣の屋敷を並べる新しい形と、館と⁠山頂の城を分ける中世的な形が同居しています。[1]

03
史実

商人の町をつくる

秀次は織田信長にならって楽市楽座の掟書を出し、城下町の商いを⁠盛んにしようとしました。城下町は碁盤の目に区切られ、1586年の掟書では、街道を通る人だけでなく琵琶湖を行く船にも八幡浦への寄港を命じています。秀次は「殺生関白」とも呼ばれますが、八幡山城主のころから堅実な政治をしていたことが分かってきたと⁠滋賀県教育委員会⁠は説明しています。[1]

04
史実

秀次の切腹と⁠廃城

秀次はのちに秀吉から関白の職をゆずられましたが、1593年に秀吉に実子の秀頼が生まれると⁠関係が悪くなり、1595年に謀叛の疑いで高野山に追われて切腹させられました。八幡山城には秀次のあと⁠京極高次が⁠入っていましたが、秀次が切腹させられた1595年に廃城と⁠なりました。[1]

05
史実

石垣が残り、本丸に寺が建つ

建物は⁠残っていませんが、山頂の各曲輪と⁠ふもとの館跡に石垣が残ります。本丸の西側の斜面は1967年の集中豪雨でくずれ、石垣の一部がこわれました。本丸の跡には、秀次の母の日秀尼が秀次をとむらうために京都に開いた村雲御所瑞龍寺が、1961年に移されています。[1][4]

この城の人びと

年表

  1. 羽柴秀次が43万石で八幡山城主と⁠なる[1]

  2. 城下町に掟書を出し、琵琶湖の船に八幡浦への寄港を命じる[1]

  3. 秀次が切腹させられ、城は廃城と⁠なる[1]

  4. 村雲御所瑞龍寺⁠の主な建物が京都から本丸跡に移される[4]

  5. 集中豪雨で本丸西側の斜面がくずれる[1]

  6. 続日本100名城⁠に選ばれる[6]

建物と⁠遺構

天守の状態

確認中

天守があったかどうかは、確認した公式資料では分からなかった。

城全体のいま

山頂の本丸跡に村雲御所瑞龍寺⁠が建ち、二の丸にロープウェーの山頂駅と⁠展望館がある。山麓には秀次館跡と⁠豊臣秀次像。南のふもとに八幡堀と⁠旧城下町が残る。一部に私有地を含む。

主な建物

跡地のみ

秀次館

礎石42個と⁠金箔瓦が出土。書院造りの建物だったと⁠考えられる。[1]

移築して現存

村雲御所瑞龍寺(本丸跡)

城の建物ではなく、1961年に京都から移された寺。[4]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
確認中天守の有無・状態は確認中編集部記事
築城者
羽柴秀次日本城郭協会
築城
天正13年(1585)日本城郭協会
主な城主
羽柴(豊臣)氏、京極氏日本城郭協会
廃城
1595年(文禄4年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・石垣・堀・虎口編集部記事
名城選定
続日本100名城 161番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

山頂へはロープウェー(有料)⁠か登山道で上る。続日本100名城⁠のスタンプは本丸跡の村雲御所瑞龍寺⁠にあり、悪天候でロープウェーが休むときは山麓の売店で押せる。城跡の一部は私有地。

住所

滋賀県近江八幡市宮内町(八幡山)[8]

確認日: 2026-10-04

最寄り駅と⁠行き方

JR・近江鉄道近江八幡駅JR琵琶湖線、近江鉄道。北口6番乗り場から近江バス「長命寺」行き約7分、「八幡堀(大杉町)八幡山ロープウェー口」下車

徒歩約5分 · 登りなし

バス停からロープウェー⁠乗⁠り場まで徒歩約5分。ロープウェーで山頂まで約4分。[3][5][9]

確認日: 2026-10-04

開館時間・料金

八幡山ロープウェー
時間
9:00〜17:00(上り最終16:30)⁠。15分おきに運行。季節や⁠行事で延長あり
休館・休み
年中無休
料金
おとな片道540円・往復950円、こども片道270円・往復480円[2]
確認日: 2026-10-04
村雲御所瑞龍寺門跡(本丸跡・スタンプ設置)
時間
受付 9:00〜17:00
休館・休み
未確認
料金
未確認[4][7]
確認日: 2026-10-04

車・駐車場

ロープウェーに無料駐車場あり(観光バスは事前予約)⁠。名神高速の竜王ICから約25分。[3][5]

確認日: 2026-10-04
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-04
所要時間の目安編集部の目安
ロープウェーを使って山頂の遊歩道と⁠瑞龍寺で40〜50分、ふもとの秀次館跡と⁠八幡堀もあわせて2時間ほどが目安
階段・坂・足もと
ロープウェーを使わない場合は、ふもとの登り口から歩いて約30〜40分。山頂の遊歩道は約30分で回れる。[9]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-04
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
山頂遊歩道では春の桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色が楽しめると⁠観光物産協会は紹介している。秋はロープウェーの行事「紅葉路と⁠竹灯り」がある。[5][2]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
悪天候のときはロープウェーが休業することがある。[7]確認日: 2026-10-04

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

ロープウェーで気軽に山城を見たい人、近江商人の町並みと⁠城をあわせて楽しみたい人、豊臣秀次と⁠いう人物に興味がある人に向く。

ここを見ると⁠面白い

山頂では本丸まわりの石垣と、二の丸から本丸へ5回折れて入る道。北の丸や⁠西の丸からは琵琶湖や⁠近江の平野が見わたせる。ふもとに下りたら、秀次館跡の石垣と⁠大手道、八幡堀を歩いて、城と⁠町がどうつながっていたかを確かめたい。

訪ねる前に

城は10年ほどで廃城と⁠なり、建物は残っていない。本丸跡は寺の境内になっている。ロープウェーは年中無休だが、天気が悪いと⁠止まることがある。ここに使った城跡の写真の多くは2010年のもの。

楽しみかた

行きはロープウェーで上り、山頂の石垣を見てから、帰りに秀次館跡のほう⁠へ歩いて下りると⁠城の全体がつかみやすい(下山道の状況は事前に確認を⁠)⁠。最後に八幡堀ぞいを歩けば、秀次が開いた町の今の姿に出会える。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    八幡山城跡 ―天下⁠を継ぐ城―(埋蔵文化財活用ブックレット12 近江⁠の城郭7)滋賀県教育委員会・近江八幡市教育委員会heritage確認日:
  2. 2
    営業時間/料金八幡山ロープウェー(近江鉄道)other確認日:
  3. 3
    アクセス八幡山ロープウェー(近江鉄道)other確認日:
  4. 4
    村雲御所瑞龍寺門跡八幡山ロープウェー(近江鉄道)other確認日:
  5. 5
    八幡山ロープウェー近江八幡観光物産協会tourism確認日:
  6. 6
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    100名城(続100名城)スタンプの設置場所近江八幡市municipal確認日:
  8. 8
    八幡山城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  9. 9
    よくある質問八幡山ロープウェー(近江鉄道)other確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「八幡山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q10892157Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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