田んぼの向こうにそびえる繖山(きぬがさやま、標高432m)。観音寺城はこの山の山頂から南の斜面にかけて広がっていた(2013年10月撮影)。
At by AtCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

滋賀県 · 近江八幡市

観音寺城

かんのんじじょう

Kannonji Castle

滋賀県近江八幡市

城山城日本100名城 55番

この城らしさ

信長の安土城のとなりの山に、安土城より先に石垣で固めた巨大な山城があった。

なぜ?

観音寺城は、近江(いまの滋賀県)⁠の守護だった六角氏の城です。石垣をたくさん使った城が広まるのは安土城のあとですが、観音寺城は1530〜50年代にはすでに石垣で⁠整えられていたと⁠滋賀県は考えています。山の中には、大きな石を積んだ⁠郭(くるわ)⁠の跡がいまも残っています。[1][2][3]

見逃したくない3つ

01
伝平井丸の虎口(こぐち、出入口)。両側を大きな石の石垣で固め、石段で郭(くるわ)の中へ入る(2008年5月撮影)。ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

伝平井丸の大石の虎口

見る場所
観音正寺の境内から谷をはさんだ向かい側。伝本丸の近くにある伝平井丸
注目する部分
出入口(虎口)⁠の両側に積まれた大きな石と、郭の中へ上る石段
ここが面白い
伝本丸・伝平井丸・伝池田丸のあたりは城の中心と⁠考えられ、大きな石を使った立派な石塁で囲まれています。安土城より前の時代に、これほど大きな石を積んだ城はめずらしいと⁠県は説明しています。[1][2][4][8]
見られるか
外から見られる山道を歩いて見に行ける。草木が茂って見えにくい時期もある。
02
伝本丸へ続く石段。苔むした石が幅広く敷かれている(2008年5月撮影)。ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

伝本丸の石段と⁠礎石

見る場所
伝本丸(観音正寺から山道を西へ⁠)
注目する部分
幅の広い石段と、建物の柱を受けた礎石、石垣
ここが面白い
1544年に城を訪れた連歌師の谷宗牧は、山の上の「御二階」の座敷に通され、茶室には名品の茶器がそろっていたと⁠書⁠き⁠残しています。昭和の発掘でも茶器や⁠中国の焼き物が見つかりました。ここが戦いの砦であると⁠同時に、六角氏が暮らした場所だったことが分かります。[1][5][7][11]
見られるか
外から見られる遺構は自由に見られる。建物は残っていない。
03
石寺集落のいちばん上にある天満宮への参道。この天満宮の場所が、六角氏の屋形(居館)跡とされる「御屋形跡」(2008年5月撮影)。ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

ふもとの石寺に残る御屋形跡の高石垣

見る場所
繖山の南のふもと、石寺集落のいちばん高いところにある天満宮
注目する部分
天満宮の郭を支える高さ約6mの石垣と、角の石の積み方
ここが面白い
ここは「上御用屋敷」という地名が残り、六角氏の屋形(住まい)⁠の跡と⁠されています。県によると⁠城の中でもっとも高い石垣で、角の積み方は整っておらず古い印象ですが、山の上の伝平井丸の石垣と⁠似ている点もあります。石寺は観音寺城の城下町だったと⁠考えられています。[1][2]
見られるか
一部見られる集落の中にあるので、住民の迷惑にならないよう静かに見学する。発掘調査はされていない。

訪問の目安

最寄り駅
JR安土駅から徒歩約90分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
林道で山上まで車で行くなら城跡の中心部を1〜2時間、駅から歩いて登るなら半日が目安
料金
大人(高校生以上⁠)800円、小・中学生500円、未就学児無料(2026年5月1日改訂)
時間
8:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

城跡は山道を歩いて見学できる。城跡の一部は私有地を含むので、道をはずれず、ごみは持ち帰る。山での火の使用・⁠喫煙はしない。城跡の中央にある観音正寺は拝観料が必要(城跡の見学だけでも拝観料がいるかどうかは未確認)⁠。桑実寺から登る道は入山料が必要。

確認日:

この城の物語

01
史実

お寺の山が城になった

観音寺城の名前は、山の中心にある観音正寺(中世には観音寺)から来ています。南北朝時代、佐々⁠木(六角)氏頼がこの寺に陣を置いたことが『太平記』に「観音寺ノ城郭」と書かれたのが、記録の始まりです。標高432mの繖山(きぬがさや⁠ま)⁠は湖東の平野を見下ろし、ふもとを東山道(のちの中山道)⁠が通っていました。[1][2][11]

02
研究上の解釈

近江の守護・六角氏の居城

六角氏は、鎌倉時代から戦国時代の終わりまで近江の守護をつとめた佐々木氏の本家です。はじめは寺を一時的な陣地と⁠して⁠使っていましたが、当主が住む城と⁠して石垣を多く使った姿に整えたのは、修理の記録が集中する1530〜50年代⁠と⁠考えられています。六角定頼のころが六角氏のもっとも勢いのあった時期でした。[1][2]

03
史実

砦であり、暮らしの場でもあった

1544年に城を訪れた連歌師の谷宗牧は、山上の「御二階」の座敷で名品の茶器を用意した茶室に案内され、帰りには大事な古い書をもらったと⁠書いています。ふもとの石寺には城下町があったとされ、1549年の文書には「石寺新市」を楽市(だれでも自由に商売できる市)⁠と⁠すると⁠書かれています。県はこれを記録に残る最初の楽市と⁠説明しています。[1][2]

04
史実

戦わずに城を出た1568年

1563年、当主の六角義弼(義治)⁠が重臣の後藤賢豊父子を城内で殺した「観音寺騒動」で、家臣たちは城内の屋敷を焼いて⁠離れていきました。1568年、足利義昭を立てて京都へ向かう織田信長に道案内を断ると、信長軍が近江に入り、六角承禎(義賢)⁠・義治父子は戦わずに城を出て甲賀へ逃れました。これで六角氏による近江の支配は終わりました。[1][2]

05
研究上の解釈

建物は消え、石垣と⁠郭が残った

発掘調査では大きな火災のあとが⁠見つかっていますが、いつ燃えたのかは記録や⁠伝承と⁠合っていません。1579年に安土城が完成すると、観音寺城は役目を⁠終えたとみられています。山の中には石垣や⁠郭が広く残りますが、その多くは観音正寺の⁠坊(僧の住まい)⁠の跡かもしれず、城の遺構と⁠見分けるのが今後の課題と⁠されています。[1][2]

06
史実

国史跡と⁠して調べ続けている

城跡は1969年から2年かけて発掘され、1982年に国の史跡に指定されました(1984年に範囲を追加)⁠。滋賀県は2004〜2007年⁠に保存と⁠整備の計画をつくり、2008〜2011年⁠に城全体の石垣の分布を調べました。2009年には竹や⁠木を切り、それまで見えなかった土塁や⁠何段もの石垣が姿を現しました。2006年には日本100名城⁠に選ばれています。[1][4][7][10]

この城の人びと

年表

  1. 南北朝時代。『太平記』の記述による

    佐々⁠木(六角)氏頼が観音寺に陣を置き、『太平記』に「観音寺ノ城郭」と記される[1][11]

  2. 連歌師の谷宗牧が山上の「御二階」に招かれる[1]

  3. ふもとの「石寺新市」が楽市と⁠される[1][2]

  4. 観音寺騒動。家臣団が六角氏から離れる[2]

  5. 織田信長の近江侵攻で、六角承禎・義治父子が戦わずに城を出る[1]

  6. 国の史跡に指定(1984年に追加指定)[4]

  7. 日本100名城(52番)⁠に選ばれる[10]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守を持たない中世の山城。山上には「御二階」と⁠呼ばれた建物があったと⁠記録されているが、天守とは別のもの。

城全体のいま

繖山の山頂から南の斜面にかけて、石垣や⁠郭の跡が森の中に残る。城跡の中央には観音正寺の境内があり、ふもとの石寺集落が城下町の跡と⁠される。一部は私有地を含む。

主な建物

跡地のみ

伝本丸

石垣・石段・礎石が残る。建物は残っていない。[1][5]

跡地のみ

伝平井丸・伝池田丸

大きな石を使った石塁に囲まれた郭。伝池田丸から南へのびる尾根には何段もの石垣がある。[1]

跡地のみ

御屋形跡(石寺・天満宮)

六角氏の居館跡と⁠される。約6mの高石垣が残る。未発掘。[2]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
六角氏頼?(佐々木六角氏)佐々木六角氏日本城郭協会
築城
建武2年(1335)⁠?、文明3年(1471)⁠?日本城郭協会
主な城主
佐々木六角氏日本城郭協会
廃城
永禄11年(1568年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・土塁・石垣・竪堀・虎口・堀切・井戸編集部記事
文化財指定
国史跡(観音寺城跡)(1982年)編集部記事
名城選定
日本100名城 55番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は山道を歩いて見学できる。城跡の一部は私有地を含むので、道をはずれず、ごみは持ち帰る。山での火の使用・⁠喫煙はしない。城跡の中央にある観音正寺は拝観料が必要(城跡の見学だけでも拝観料がいるかどうかは未確認)⁠。桑実寺から登る道は入山料が必要。

住所

滋賀県近江八幡市安土町石寺[5][7]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR安土駅JR琵琶湖線(東海道本線)

徒歩約90分 · 急⁠な登り

駅から城跡まで徒歩約90分(県の観光サイト)⁠。県の資料では、桑実寺の登山口まで約30分(入山料が必要)⁠、石寺の登山口まで約1時間。駅前にレンタサイクル⁠がある。どの道も本格的な山登りになる。[7][2]

確認日: 2026-10-03
JR能登川駅(バス利用)JR琵琶湖線。近江鉄道バス神崎線(八日市駅行き)⁠で「観音寺口」下車

徒歩約40分 · 急⁠な登り

観音寺口バス⁠停から観音正寺まで徒歩40分(観音正寺の案内)⁠。安土駅・近江八幡駅から観音正寺へのバスはない。[6]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

観音正寺
時間
8:00〜17:00
休館・休み
未確認
料金
大人(高校生以上⁠)800円、小・中学生500円、未就学児無料(2026年5月1日改訂)[6]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

観音正寺へは2本の有料林道がある。東近江市側の五個荘林道(裏参道)⁠は8:00〜16:30のみ通行でき、年末年始は通行止め。終点の山上駐車場から寺まで徒歩10分。近江八幡市側の石寺林道(表参道)⁠は9:00〜16:00のみ通行でき、12月下旬〜3月初めは通行止め。駐車場から石段約400段⁠を上る。凍結・積雪で通行止めになることもある。大型車は林道を通れない。[6][7]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡そのものの公開時間の定めは確認できなかった。林道は時間外は通れない。[6]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
林道で山上まで車で行くなら城跡の中心部を1〜2時間、駅から歩いて登るなら半日が目安
階段・坂・足もと
山城なので道は山道と⁠石段。観音正寺の表参道は石段約400段で、登りは50〜60分ほど。観光協会は徒歩で⁠登り90〜120分・下り60〜90分と⁠案内している。登山の準備をして行く。[5][6][8][2]
車椅子・ベビーカー
車いすで回れる経路は確認できなかった。山道と⁠石段が中心。確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
英語の案内は確認できなかった。安土駅前観光案内所⁠で観音寺城を紹介する映像が見られる(日本語)⁠。[8]
季節の楽しみ
夏は草が茂って遺構が見えにくいことがあると⁠観光協会は書いている。石寺側の林道は⁠冬(12月下旬〜3月初め)⁠は通れない。[8][6]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
日本100名城スタンプは、JR安土駅前の安土城郭資料館⁠に置かれていると⁠観光協会が紹介している(最新の置き場所は現地で確認を⁠)⁠。[8]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

滋賀県立安土城考古博物館

安土城と⁠観音寺城の調査の成果を紹介する県立博物館。9:00〜17:00(入館16:30まで⁠)⁠、月曜休館(祝日・休日の場合は翌日)⁠、12月28日〜1月4日休館。博物館から観音寺城へは車で安土側へ約10分。[5]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守のない山城や⁠石垣の歴史に興味がある人、安土城と⁠あわせて信長以前の近江を知りたい人、山歩きが好きな人に向く。

ここを見ると⁠面白い

伝本丸・伝平井丸・伝池田丸の石垣と⁠虎口。安土城より前の時代に、これだけ大きな石を積んでいたことを自分の目で確かめたい。山頂近くからは湖東の平野を見渡せる。

訪ねる前に

建物は残っていない。どの道も山登りで、林道には通れる時間と⁠冬の通行止めがある。観音正寺の拝観料は2026年5月⁠に800円へ改訂された。曲輪の名前に付く「伝」は、言い伝えによる呼び名と⁠いう意味。

楽しみかた

先に安土城考古博物館⁠や安土駅前の観光案内所で城の姿を予習してから登ると、森の中の石垣が何だったのか分かりやすい。帰りにふもとの石寺を歩き、御屋形跡の高石垣も見ておきたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    史跡観音寺城跡⁠の調査と⁠整備滋賀県文化財保護課安土城・城郭調査係municipal確認日:
  2. 2
    埋蔵文化財活用ブックレット11 近江⁠の城郭6 観音寺城跡 ―江南⁠の雄六角氏―(2011年)滋賀県教育委員会report確認日:
  3. 3
    文化財保護課安土城・城郭調査係(旧滋賀県安土城郭調査研究所)滋賀県municipal確認日:
  4. 4
    国指定文化財等データベース観音寺城跡文化庁heritage確認日:
  5. 5
    周辺スポット(観音寺城跡)滋賀県立安土城考古博物館official確認日:
  6. 6
    拝観・交通アクセス繖山観音正寺official確認日:
  7. 7
    観音寺城跡滋賀県観光情報(びわこビジターズビューロー)tourism確認日:
  8. 8
    信長と⁠安土城をめぐる⁠!安土観光のすすめ近江八幡観光物産協会tourism確認日:
  9. 9
    史跡範囲内で工事をする際の手続きについて(市内の国指定史跡)近江八幡市municipal確認日:
  10. 10
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    観音寺城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  12. 12
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    Wikipedia「観音寺城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  14. 14
    Wikidata Q2969462Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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