日本のお城アトラス

黒田官兵衛(孝高・如水)

Kuroda Kanbei (Yoshitaka, Josui)

播磨の姫路生まれの武将で、豊臣秀吉の軍師と⁠して活躍した。正式な名は孝高、出家後は如水と⁠名乗った。関ヶ原の戦いのあと⁠息子の長政と⁠筑前に入り、福岡城の築城にかかわった。

読み
くろだかんべえ
生没年
1546–1604
伝承

エピソード

藤堂高虎や⁠加藤清正と⁠並ぶ築城の名手と⁠して知られ、大坂城・広島城・名護屋城などの縄張りや⁠助言も行った。荒木村重の説得に向かって1年以上土牢にとらわれたとき、牢から見えた藤の花に励まされ、のちに藤を家紋にしたと⁠伝わる。

ゆかりの⁠城

出典

  1. 1
    黒田官兵衛(孝高・如水)(【公式】福岡城・鴻臚館)確認日:
  2. 2
    福岡城について(家紋「藤巴」⁠)(【公式】福岡城・鴻臚館)確認日:
  3. 3
    黒田孝高(補助資料・生没年・Wikipedia日本語版)確認日: