日本の伝統的な踊りの総称。盆踊りのような民俗芸能ではなく、舞台の上で観せるために磨き抜かれた「舞台芸術」です。
日本舞踊は、上方(京阪)で育った静の「舞」と、江戸で花開いた動の「踊り」──ふたつの系譜が合流して生まれた芸術です。指先の角度から視線の落とし方まで、動きの細部に「型」があり、その型の中でこそ、演者の個性と心が立ち上がります。
母体は歌舞伎。歌舞伎舞踊の振付を担った師匠たちが、それぞれの芸のスタイルを「流派」として継承したことで、今日の日本舞踊が形づくられました。三味線・長唄・清元といった邦楽と、着物の色彩、そして身体。すべてが一体となった日本の総合芸術です。
能や歌舞伎が基本的に男性の芸能であるのに対し、日本舞踊は男女を問わず演じられるのも大きな特徴。ひとつの曲で男女を踊り分ける「鏡獅子」のような演目さえあります。
200を超える流派の中で、歴史・規模ともに中核をなすのが「五大流派」。同じ日本舞踊でも、振りの質感はまるで違います。
五大流派の源流。300年超の歴史を誇り、「勧進帳」「鷺娘」など名作歌舞伎舞踊の振付を生んだ格式の家。所作の正確さと雅な舞台表現。
名取約1万5000名を擁する最大流派。細やかで技巧的な振付が身上。習い事として最も広く浸透し、教室数も全国随一。
劇場で映える、おおらかで大きな振り。踊り手の「腹」──内に宿す心を重んじる。歌舞伎との結びつきが深く、名優たちが家元を兼ねてきた。
花柳流から独立し、柳橋の花街で発展。手振りが多く、品格ある踊り。お座敷の美学を今に伝える。
歌舞伎の名跡・坂東三津五郎家が代々継承。五大流派で最も歌舞伎色が濃く、端正で切れの良い「物語を舞う」踊り。
日本舞踊という大河は、こう流れて、いまへ届く。
初代藤間勘兵衛が江戸で興した藤間流は、今日ふたつの系統に分かれています。勘麗未が連なるのは、歌舞伎座の看板役者が家元を務める「勘右衞門派」。
1845年、初代藤間勘右衞門が創流。二代目は九代目市川團十郎に迎えられ「春興鏡獅子」等を振付、一時代を築いた。三代目(七代目松本幸四郎)以降は代々歌舞伎役者が家元を兼ねる、舞台と地続きの家。
三代勘兵衛の養子・初代藤間勘十郎を流祖とする宗家の系統。名師匠・五代目勘十郎は六代目尾上菊五郎を育て、歌舞伎界の御曹司たちが多く師事する。当代は八代目藤間勘十郎。
二代目勘右衞門×九代目團十郎の振付。女小姓と獅子の精をひとりで踊り分ける、勘右衞門派が生んだ大曲。クライマックスの毛振りは圧巻。
初代勘十郎振付、1826年初演。藤の精が娘姿で踊る華やぎの名作。藤間流の「藤」を象徴する、稽古でも最も愛される演目のひとつ。
坪内逍遥作詞、二代目勘右衞門振付。恋人と死別し狂気に沈むお夏を詩情豊かに描く、近代日本舞踊の傑作。
「鏡獅子」を生んだ勘右衞門派の系譜に連なる師範として、古典の型を深く身体に修めながら、その美を劇場の外へ、そして国境の外へと運ぶ。書・食・花火といった日本文化の担い手たちと組み、舞踊を「観るもの」から「世界と結ばれる体験」へ──伝統と現代のあわいで舞い続ける舞踊家。
所作・品は、お金では買えない。礼儀と品を日本舞踊で学ぶ、こどものためのお稽古処。勘麗未の夢は、特設サイトへ。
かんれみアカデミーのサイトへ藤間勘麗未は、タレント「藤田悠未」としても活動しています。伝統の舞台と現代のメディア、ふたつのステージを行き来する二刀流。
稽古場で磨いた所作の美しさと、MISS KYOTO 2021で証明された華。日本舞踊で培った「型のある身体」は、モデル・タレントの現場でそのまま武器になります。着物が本当に「着られる」タレント、正座から立ち上がる一動作まで様になるタレントは、実はほとんどいません。
テレビ・イベント・広告・インバウンド向け文化コンテンツまで──「本物の伝統」を背景に持つタレントとして、和のプロジェクトに唯一無二の説得力をもたらします。
古典の舞台と現代のメディア、そのあいだの日々。着物、稽古、そのすべてを発信中。
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書が線を、舞が身体を、
花火が空を使って語るもの。
それはすべて、おなじ日本の心。