先にお伝えしておきます。これは「会社を辞めよう」と勧める本ではありません。
わたしは十年勤めた会社を辞めて、小さな事務所をひとりで始めました。けれど、この本の主役は「辞めた日」ではありません。辞めるまでの十年です。派手な成功談も、劇的な退職の場面も出てきません。
独立の体験談は、たいてい辞めた日から始まります。退職願、送別会、開業届。でも振り返ってみると、本当の転機はもっと手前の、なんでもない日に散らばっていました。望まない部署に配属された一日目。先輩に企画書を全部書き直された夜。副業の売上が初めて三万円を超えた月末。家族に貯金の残高を見せた日曜日。
この本は、日記アプリに十年間つけていた約三千件の記録がもとになっています。そこから「あとから見れば転機だった日」を拾い出し、時間の順に並べ直しました。当時のわたしは、それが転機だとはまったく気づいていません。だから、かっこいい決断の場面はひとつも出てきません。迷って、先延ばしにして、また迷う。その繰り返しです。
それでも本にしようと思ったのは、独立を考え始めたころのわたしが、いちばん読みたかったのがこういう本だったからです。成功した人の武勇伝ではなく、迷っている間の記録。決断の瞬間ではなく、決断までの十年。
いま会社にいて、このままでいいのかと時々思う人。その「時々」が、少しずつ増えてきた人。この本は、そういう人の隣に置いてもらうつもりで書きました。急がなくて大丈夫です。わたしも、十年かかりました。