この本は、二十の都市を「観光」ではなく「散歩」した記録です。
名所を巡る旅を否定するつもりはありません。ただ、わたしの旅の記憶に残っているのは、有名な建物や絶景ではなく、もっと小さな場面ばかりでした。イスタンブールの路地で、パンを山と積んだ台車に道を譲ったこと。リスボンの坂の途中で、洗濯物が旗のように鳴っていたこと。ハノイの朝、湯気の向こうで店主が黙って麺を茹でていたこと。
きっかけは、十五年ほど前の出張でした。会議が一日早く終わり、予定のない一日がまるごと手に入った。ガイドブックを宿に置き、地図も見ずに歩きはじめたら、三時間がひと息に過ぎていました。あの日から、旅のたびに「歩くだけの日」を一日つくるようになりました。
二十の都市は、選んだというより、たまったものです。出張の前後の一日、休暇の数日。十五年かけて、旅のノートは十四冊になっていました。読み返すと、ノートには店の名前より、すれ違った人の靴や、街の音の記録のほうが多く残っていました。書いた本人にも意外な偏りで、この偏りが、そのままこの本の性格になっています。
この本では、二十の都市を訪れた順ではなく、「歩いて出会った場面」で並べ直しています。市場の朝。坂と路面電車。川。雨の日の美術館。目次を眺めて、気になった章から読んでください。どこから読んでも通じるように作りました。
歩くことは、いちばん安い旅の道具です。切符も予約もいりません。この本を閉じたあと、あなたがいつもの駅のひとつ手前で降りてみたくなったら、それがこの本のいちばんの成功です。