カンボジアの歴史
カンボジアの地雷問題は、約30年続いた内戦の中で生まれました。歴史の流れを知ることは、 「なぜいまも地雷が残っているのか」を理解するいちばんの近道です。
長年の除去活動により15の州が地雷フリーを宣言しましたが、タイ国境沿いの北西部を中心に地雷原が残っています。カンボジアは2030年までの除去完了を目指しています。 (対象年: 2025年) [出典0084]
カンボジアで最初に地雷が埋められたのは1967年とされ、その後約30年の内戦でさまざまな勢力が地雷を使いました。1985年ごろからの「K5計画」では、タイ国境沿いに大量の地雷が埋められました。 (対象年: 2023年) [出典0101]
カンボジア政府は、国内に埋められた地雷を約400万個と推定しています。また、1960〜70年代の爆撃により、東部を中心に大量の不発弾も残されました。 (対象年: 2019年) [出典0104]
カンボジアは「2030年までの地雷ゼロ」を目標に掲げ、日本を含む国際社会が支援を続けています。 (対象年: 2026年) [出典0056]
時代ごとの流れ
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フランス植民地時代
1863年にフランスがカンボジアに進出し、植民地時代が始まりました。
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独立
1953年11月9日、カンボジアはシハヌークの指導のもとフランスから独立しました。
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内戦
1970年3月、ロン・ノルがシハヌークを追放してクメール共和国を樹立し、内戦が始まりました。
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民主カンプチア(ポル・ポト政権)
1975年4月17日、クメール・ルージュがプノンペンを制圧し、5年間の内戦が終わると同時に新たな悲劇が始まりました。
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カンプチア人民共和国の時代
1979年1月7日、ベトナム軍がプノンペンを制圧し、クメール・ルージュ政権は崩壊しました。
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和平とUNTAC
1991年10月23日、カンボジア紛争の包括的な政治解決に関する協定がパリで調印されました。
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王国の再建
1993年9月、新憲法が採択・公布されて立憲君主制のカンボジア王国が再建され、シハヌークが国王に選ばれました。
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現代
2000年9月、王令177号によりCMAAが設立され、地雷対策全体を統括する体制が整いました。
出典・参考資料
- 出典0012
- 出典0007