日本のレモン
島々に実る、国産レモン。
温暖で雨の少ない瀬戸内海を中心に、日本のレモンは育ってきました。
写真: Japanexperterna.se / CC BY-SA 3.0
1873明治6年
日本(静岡)
静岡で種をまいたのが、日本でのレモン栽培の始まりと言われています(広島県の資料の記述)。熱海では、湯治に来た外国人が庭先に種をまいたのが始まりという言い伝えがあり、観光の場で「国産レモン発祥の地」と紹介されています。
諸説あり1898明治31年
広島県(大長)
豊田郡大長村(いまの呉市豊町大長・大崎下島)が和歌山県からネーブルの苗木を買ったところ、レモンの苗木3本が混じっており、試しに植えたのが広島県のレモン栽培の始まりといわれています。品種はリスボン系と推測されています。
明治時代
瀬戸田
瀬戸田でのレモン栽培は明治時代から行われているとの諸説があり、当時は自家栽培程度だったと推察されています。
諸説あり1914大正3年
広島県
大長地区を中心に広がり、広島県の栽培面積が11ヘクタールになりました。
1927昭和2年
瀬戸田
瀬戸田をレモンの産地にしようと、増殖が始まりました(年表では「レモンの商業栽培」)。
1936昭和11年
瀬戸田
年表は「『レモン谷』として日本で始めての産地化」と記しています(垂水地区)。
1953昭和28年
広島県
広島県の栽培面積が18ヘクタール(全国25ヘクタール)となり、全国一のレモン生産県になりました。
1963昭和38年
瀬戸田/広島県
JAの資料では瀬戸田が約900トンの規模になり、日本一の産地だったとされます。広島県の資料では県の栽培面積70ヘクタール(全国144ヘクタール)、生産量600トン超、全国の50%。
1964昭和39年
日本
5月にレモンの輸入が自由化され、国産レモンは大きな打撃を受けました。
1976昭和51年
広島県
昭和51年と56年の大寒波も、国産レモンに大きな被害を与えました。昭和52年には輸入レモンが10万トンを超えました。
昭和50年代
瀬戸田
国産レモンが見直され、農協が中心となって島を挙げたレモン増殖運動(1戸1アール増殖運動)が始まりました。
諸説あり2000平成12年
瀬戸田
光センサー選果機を導入しました。
2003平成15年
瀬戸田
第8回環境保全型農業推進コンクールで優秀賞を受けました。
2008平成20年
瀬戸田
広島県の特別栽培農産物の認証を取得し、せとだエコレモングループが結成されました。
2010平成22年
瀬戸田
光センサーを更新しました。
2021令和3年
瀬戸田
「ハートレモン」が商標登録されました。
2023令和5年(令和4年度)
瀬戸田
せとだエコレモングループが第52回日本農業賞集団組織の部の大賞を受けました(発表は2023年1月31日、表彰式は3月4日)。
2023令和5年
瀬戸田
「スターレモン」「せとだエコレモン」が商標登録され、11月にはせとだエコレモングループが令和5年度(第62回)農林水産祭の園芸部門で天皇杯を受けました。
リスボン
広島県は、日本の代表品種を外国から入ったリスボンとビラフランカとしています。明治31年に大長へ入った苗もリスボン系と推測されています。
ビラフランカ
リスボンと並ぶ日本の代表品種です。
石田系リスボン
広島県の試験場が新品種と比べる相手にした、県内の系統です。試験の平均値は果実重129g、種子9.5個、クエン酸6.37%。
道谷系ビラフランカ
同じく県の試験で基準にされた系統で、「イエローベル」の種子親です。試験の平均値は果実重113g、種子18.1個、クエン酸6.54%。
イエローベル
広島県が育てた品種(平成24年3月23日品種登録、第21709号)。種がきわめて少なく、皮が薄く、酸味がおだやかです。
璃の香(りのか)
農研機構がレモンと日向夏を交配して育てた品種。かいよう病に強く、1個200グラムほどと大きく、酸味がまろやかです。統計ではレモンと別の品目として数えられています。
マイヤーレモン
三重県が県の産物として紹介しています(収穫時期10月から3月)。
菊池レモン(島レモン、八丈フルーツレモン)
小笠原と八丈島の品種。分類上はマイヤーレモンにもっとも近いとされ、果実は150〜200グラムと大きく、まろやかな味です。
アレンユーレカ
岩城島(愛媛県上島町)の品種として紹介されています。