「国産レモン発祥の地」の石碑。奥は多々羅大橋。瀬戸田町垂水。
01レモン谷から
瀬戸田のレモン栽培は明治時代から行われていたとも言われます。産地づくりが本格的に始まったのは昭和2年(1927年)。垂水地区の一帯はやがて「レモン谷」と呼ばれるようになり、昭和38年(1963年)には約900トンを生産する、当時日本一のレモン産地になりました。16
02輸入自由化
昭和39年(1964年)、レモンの輸入が自由化されます。国産レモンは大きな打撃を受け、生産者は木を伐り、園地のほとんどが姿を消しました。17
レモンを収穫する生産者。瀬戸田。
03もう一度、植える
その後、国産レモンの価値が見直されます。瀬戸田では農協が中心となり、島を挙げて1戸が1アールずつレモンを植える運動を進めました。産地は復活し、いまでは皮まで食べられるレモンをめざす栽培が続いています。17
多々羅大橋から見た生口島。海沿いの道と、斜面の柑橘畑。
04一年じゅう届ける
秋から春の露地、鮮度保持フィルムで包んで冷蔵する貯蔵、そして夏のハウス。3つをつないで、一年を通してレモンを届ける体制が整えられました。1213